疎遠になっていた母が、たまたま会場にいた朗読会。
三分間だけ、自分の声で伝えると決めた女性の、小さな再出発の物語です。
読了目安:5分
母へ読んだ、三分間の手紙
「一人、三分までです。途中で詰まっても大丈夫。沈黙も、朗読のうちですから」
会場係の人がそう言ったとき、私は膝の上の原稿を裏返した。
三分。
母と最後にまともに話してから、五年。
あの人に言いたかったことなら、三分どころか、たぶん一晩かけても足りない。でも、いざ声にするとなると、最初の一行さえ危うかった。
会場は商店街の小さな集会所だった。
丸椅子が二十脚。古い暖房が、喉を鳴らすような音を立てている。朗読会という名前のわりに、集まったのは近所の人ばかりだった。詩を書く人、昔話を読む人、孫に送るつもりの作文を読む人。
私は、そのどれでもなかった。
ただ、誰にも渡さない文章を、誰かの前で読んでみたかった。
「次、森下さん」
呼ばれて立ち上がった瞬間、入口の近くに母を見つけた。
紺色のエプロンをつけ、雑巾の入ったバケツを足元に置いていた。会場の掃除をしていたらしい。
母も私に気づいた。
手が止まった。
それだけだった。
母は昔から、言葉より先に手を動かす人だった。
私が熱を出せば、額に冷たい布を置いた。制服のボタンが取れれば、夕食の支度をしながら縫った。けれど「大丈夫?」とは、あまり言わなかった。
代わりに、「薬、飲んだ?」と聞いた。
私はその聞き方が、ずっと嫌いだった。
二十五歳のとき、会社を辞めて文章を書く仕事を始めたいと言った。
母は包丁で大根を切りながら、「食べていけるの」と言った。
私は「応援してくれないんだね」と言った。
母は少し黙って、「心配してるだけ」と答えた。
その“だけ”が、私には大きすぎた。
それから、電話は短くなった。正月も帰らなくなった。母が送ってきた野菜の箱には、毎回きっちり受取拒否の伝票を貼った。
私は自分が正しいと思っていた。
傷ついた人間は、たいてい自分の正しさを大切に抱える。少しくらい不格好でも、それを手放すと自分が空っぽになる気がするからだ。
マイクの前に立つと、会場が静かになった。
原稿の一行目には、こう書いてあった。
――母へ。
私は息を吸った。
「これは、手紙ではありません」
自分でも驚くほど、声が震えなかった。
「たぶん、今まで言えなかったことを、声に出してみるだけの文章です」
数人が、ゆっくりうなずいた。
私は原稿を読んだ。
母が洗濯物を干すとき、必ず靴下を裏返したままにしなかったこと。私の靴下も、父の靴下も、全部表に返してから、物干し竿に並べていたこと。
子どものころ、私はそれを面倒くさいと思っていた。
でも今、自分の部屋で洗濯物を干すと、靴下はいつも裏返ったままだった。
「母は、たぶん、言葉の代わりに靴下を表に返していたんだと思います」
そこまで読んで、初めて声が詰まった。
原稿の文字がにじんだ。
「私は、母に心配されるたび、否定されたと思っていました。でも違ったのかもしれません。違った、と今日すぐに決めることはできません」
会場の奥で、誰かが鼻をすすった。
母は動かなかった。
「それでも私は、靴下を表に返すみたいに、もう一度、母の言葉を見直してみたいです」
最後の一文は、原稿にはなかった。
私は母を見た。
「お母さん。あの日、私は、心配してくれていたことも知っていました」
それだけ言うのに、五年かかった。
拍手は、すぐには起きなかった。
それがありがたかった。
みんなが待ってくれた。私が泣き終わるまで、急かさずにいてくれた。
朗読会が終わったあと、私は出口の近くで靴を履いた。
母が、バケツを持ったまま近づいてきた。
「……あんた、声、ちゃんと出るようになったね」
母らしい言葉だった。
私は笑ってしまった。泣いたあとに笑うと、顔が変な形になる。
「三分だけだったから」
「長かったよ」
「そうかな」
母はエプロンの端を握った。
「野菜、いらなかった?」
「いらなかったわけじゃない」
「じゃあ、なんで」
「受け取ったら、許したことになる気がした」
母は少し考えてから、うなずいた。
「そういうこと、あるね」
私は、もっと何か言われると思っていた。
謝るとか。抱きしめるとか。昔のように、急に正しいことを言うとか。
でも母は、ただ私の濡れた目を見ていた。
「来月も、ここで読むの?」
「たぶん」
「聞きに来てもいい?」
私は靴を履き終え、立ち上がった。
「後ろじゃなくて、隣に座ってよ」
母はすぐに返事をしなかった。
それから、少し困ったように笑った。
「うん」
外はもう暗く、商店街のシャッターが一枚ずつ閉まり始めていた。
帰り道、母は私の少し後ろを歩いた。
前みたいに並べなくてもいいと思った。
靴下を表に返すには、少し時間がかかる。
でも、洗濯物はいつか乾く。
私はそのことを、あの三分間で初めて信じられた。
この短編のテーマ
言えなかった気持ちを、すぐに「和解」にしなくてもいい。声に出して相手へ届かせようとすること自体が、関係を少しずつ変えていく――そんな母娘の再出発を描きました。
こんな人に読んでほしい話です
- 家族と距離ができたまま、気持ちを整理できずにいる方
- 誰かに本音を伝えるきっかけを探している方
- 朗読や声に出して読む物語が好きな方
心に残るポイント
母の愛情を、特別な言葉ではなく「裏返った靴下を表に返す」という日常の行動に託しました。すぐに元どおりにならなくても、隣に座る約束ができる。それだけでも、十分に救いになることがあります。
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作者あとがき
朗読は、上手に読むためだけのものではありません。自分でも受け止めきれなかった気持ちを、少しずつ自分の声にしていく時間でもあります。伝えられなかった相手がいる方に、ほんの少しでもやさしい余韻が残ればうれしいです。




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