祖父が亡くなった日の午後、私は商店街の写真館で、知らない家族の笑顔を修整していた。
父親の額の皺を薄くし、泣いていた赤ん坊の口元を、少し笑っているように整える。
写真は記憶より正直だと、人は言う。
けれど、都合の悪い影を消し、幸福そうな一秒だけを残す点では、どちらもよく似ている。
電話を受けた店主が、私の肩へ手を置いた。
「おじいさん、今朝亡くなったそうだ」
私は画面の中の家族を見たまま、うなずいた。
祖父の最後の顔より先に、知らない家族の笑顔を完成させた。
仕事熱心というより、たぶん臆病だった。
*
祖父は、この写真館で五十年近く働いた。
七五三も、成人式も、遺影も、この商店街の人々は祖父のカメラの前で年を取った。
私も幼いころから暗室へ入り、赤い光の下で、白い紙に人の顔が浮かび上がるのを見ていた。
「写真は、いない人を呼び戻すものじゃない」
祖父はよく言った。
「その人が、いたことを忘れんために残すんだ」
高校を卒業した私は、祖父の紹介で写真館へ入った。
やがてデジタル撮影と修整を覚えると、古い機械やネガにこだわる祖父が、次第に邪魔になった。
祖父は客の名前を取り違えることが増えた。
撮影した年も、ときどき間違えた。
だから私は、理解できない言葉をすべて、老いのせいにした。
ある日、祖父が一枚の古い写真を持ってきた。
夏祭りの夜、金魚袋を持つ姉弟が笑っていた。
「これは、お前が初めて撮った写真だ」
祖父は言った。
「無理だよ。日付を見て。私は七歳だ」
「七歳だった」
「七歳の子どもが、このカメラを使えるわけないだろ」
祖父は写真を見つめたまま、
「それでも、お前が撮った」
と繰り返した。
私は腹を立てた。
「もうネガに触らないでくれ。大事な写真まで分からなくなったら困る」
祖父は何も言わず、写真を封筒へ戻した。
翌月、写真館を辞めた。
私は、自分が正しいと思っていた。
正しい人間は、謝る機会をずいぶん失う。
*
葬儀のあと、祖父の部屋を片づけた。
押し入れには、写真館の封筒が何百枚も並んでいた。
「八百屋、開店の日」
「時計店、銀婚式」
「文具店の息子、入学」
祖父は、人の人生を町ごと保管していた。
一番奥から、あの姉弟の写真が出てきた。
裏には、祖父の字があった。
「平成十五年、夏祭り。
撮影者・直人、七歳。
露出とピントは私。シャッターは直人」
私は指で文字をなぞった。
その下には、さらに細かな字が続いていた。
「姉・美代子。弟・翔。
翔は入院前の外出で祭りへ来た。三日後に亡くなった。
美代子は泣いていたが、直人が自分の金魚を翔へ渡した。
二人が笑うまで、直人はカメラの前で待った。
この子は、撮ったことを忘れるだろう。
だが、写真屋に必要なのは、シャッターの押し方より、誰かが笑えるまで待つことだ。
あの子には、それができた」
私は写真を裏返した。
赤い金魚袋を二つ持ち、姉弟が笑っていた。
祭りの匂いが、急に蘇った。
綿あめ。
濡れた石畳。
泣いていた女の子。
私は金魚をあげた。
祖父が私の両手を大きなカメラへ添え、
「今だ」
と言った。
忘れていたのは、祖父ではなかった。
私だった。
封筒の底に、もう一行あった。
「母親から、いつか美代子が欲しがる日まで預かってほしいと頼まれた。勝手に渡さないこと」
私は写真を胸に押し当てた。
祖父は記憶を失っていたのではない。
誰に、いつ、何を返すべきかまで、守っていた。
その夜、私は暗室の床で、子どものように泣いた。
*
別の封筒から、閉店した菓子屋の夫婦の写真が出てきた。
以前、祖父が「お前の最初の一枚だ」と言った写真だった。
裏には、
「撮影・私。現像・直人、九歳。初めて像を浮かび上がらせた写真」
と書かれていた。
祖父の言葉は、少し足りなかった。
私の記憶も、ずいぶん足りなかった。
それなのに私は、足りないところをすべて、祖父の衰えで埋めていた。
*
春、美代子さんが写真館を訪ねてきた。
祖父の訃報を知り、あの写真がまだ残っているか確かめに来たのだという。
私は写真を両手で渡した。
「撮ったのは、七歳の私だったそうです」
美代子さんは私の顔を見つめた。
やがて、泣きながら笑った。
「金魚をくれた子ですね」
私は答えられなかった。
彼女は写真の中の弟へ指を触れた。
「顔を忘れたと思っていました。でも、笑い方は残っていたんですね」
私は新しく焼いた写真の裏へ、姉弟の名前と撮影日を書いた。
その下に、
「撮影・直人、七歳。保存・祖父」
と書き足した。
祖父から私へ。
私から、写真を待っていた人へ。
記憶は、正しく残るのではない。
誰かが受け取り、名前を書き、次へ渡すことで、ようやく残っていく。
*
今も私は、商店街の写真館で働いている。
先日、撮影に来た少年が、緊張して一度も笑わなかった。
若いスタッフが、
「笑顔はあとで直せます」
と言った。
私は首を振った。
「少し待とう」
少年の母親が、昔の失敗談を話した。
少年はとうとう吹き出した。
私は、その瞬間にシャッターを切った。
写真を焼き、裏へ日付と家族の名前を書いた。
最後に、小さく一行を添えた。
「笑えるまで、待った」
祖父が忘れなかったものを、今度は私が覚えておくために。




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