泣ける話

血のつながらない娘との和解|傘修理職人の泣ける短編小説

「この部屋、まだ鉛筆の匂いがする」梓は、子ども部屋の戸口に立っていた。紺色のコートの肩で、雪が小さな水滴に変わっていた。東京へ出てから四年、一度も帰ってこなかった。妻から、家を引き払う前に荷物を片づけるよう言われたらしい。妻は新居で荷物を受け取っており、梓が今日戻ることを、私にだけ知らせていなかった。
泣ける話

引っ越し作業員と元弟子の再会|誰かを信じ直す泣ける短編小説

「お届け物です。先週の便に紛れていたそうで」協力会社の運転手が、ひどくくたびれた紙袋を作業台へ置いた。持ち手は透明テープで何度も巻かれ、底には乾いた泥がこびりついている。先週、同じトラックで運んだ三軒のうち、どこかの忘れ物らしい。事務員が留守番電話を入れていたが、誰も引き取りには来なかった。中身を勝手に確かめるわけにもいかない。捨てることもできない。
泣ける話

【泣ける短編】母の手帳に残された本音|見間違いから始まった美容師親子の和解

母が私の店に来なくなって、七年が過ぎていた。商店街の端にある美容室「すみれ」は、母が三十年守ってきた店だった。色褪せた看板、赤い回転椅子、冬になると唸る石油ストーブ。私はそれらを古臭いと嫌い、向かいの空き店舗に、白い壁と大きな硝子窓の店を出...
家族の話

『夢を諦めた人の再挑戦|動物保護施設で働く女性と祖母の泣ける短編』

「今日が、最後の勤務なんだよ」祖母はそう言って、保護犬のハルの前脚に包帯を巻いた。診察台の上で、ハルが私の手首を舐めた。大きな体をしているくせに、人が腕を上げるだけで震える犬だった。強そうに見せることばかり覚え、中身が追いついていないところは、私によく似ている。
泣ける話

【泣ける短編】父のハンカチと伝言ミス|クリーニング店に残った小さな希望

父が倒れる前日の夕方、私は一枚の白いハンカチを、処分箱へ投げ入れた。商店街の外れにある「白川クリーニング」は、父が四十年守ってきた店だった。今は私が受付に立っている。継いだ、というほど立派な話ではない。東京の会社を辞め、行く場所をなくして戻っただけだ。敗走にも暖簾があれば、家業に見える。
泣ける話

【泣ける短編小説】理容師と同級生、山頂で果たした30年ぶりの再会

「吉野さん、小さな大会なんですが、出ていただけませんか」写真館の主人は、そう言って壁の時計を見た。理容組合が開く写真技術大会で、店外で働く理容師の腕を一枚の写真で競う。小さく、逃げ口上の立たない大会だった。今日の午後、山頂の気象観測所で撮影するはずだった理容師が、急に来られなくなったという。「予約は四時までです。そのあとは七五三の家族が来ます」秒針が、乾いた音を立てていた。
泣ける話

『離婚を考える夫婦の再出発|片方の手袋に託した泣ける短編』

「宮野さん、今年の卒業式を手伝ってもらえませんか」小川先生に頼まれたとき、私は冷蔵倉庫の中で、片方だけの手袋をはめていた。右手には荷物を読み取る端末、左手には直人から借りた紺色の手袋。もう片方は五年前、港町でなくした。返そうにも一枚しかなく、捨てようにも妙に温かい。役に立つのか立たないのか分からないところが、近頃の私たち夫婦によく似ていた。私は町外れの物流倉庫で、夜間の仕分けをしている。働きながら町の夜間教室へ通い、高校の課程を終えたのは五年前だった。
泣ける話

【泣ける短編】訪問看護師の娘が父から預かった合鍵

父の部屋の鍵を開けたのは、二度ある。一度目は、訪問看護師として。二度目は、娘としてだった。父と再会したのは、築四十年を超えるアパートの玄関だった。私が母の旧姓を名乗っていたため、事業所の誰も、父と私が親子だとは気づかなかった。新規利用者の書類には、慢性心不全、独居、身寄りなし、と記されていた。錆びた外階段を上り、呼び鈴を押した。
泣ける話

最後の給食と古いお玉|十年ぶりの親友との友情を描く感動短編

「捨てるなら、今日ですね」佐伯さんが、流し台の下から一本のお玉を引っぱり出した。柄の木は黒ずみ、先端の金属には小さなへこみが幾つもある。持ち手の裏には、針で引っかいたようなMの字が残っていた。「それは捨てないで」思ったより大きな声が出た。自分でも驚くほどだった。人間というものは、十年間も平然と忘れたふりをしておきながら、お玉一本に正体を暴かれる。
家族の話

タクシー運転手と弟の和解|雨の地図【家族の感動短編】

最後の夜、一本だけ乗らないか〉弟へ送るその一行を、私は三十七分も見つめていた。送信ボタンというものは、押すだけなら子どもにもできる。四十八歳の兄には、なかなか難しかった。営業所は改装のため、翌朝から三か月閉鎖される。車は郊外の仮営業所へ移り、古い休憩室も、煙草の匂いが染みた配車台も、今夜でいったん空になる。東京のホテル本部で旅行手配をしている弟が、研修で帰郷していることは知っていた。最後の日くらい、私が何をしてきたのか見てほしかった。