遅すぎた「ありがとう」

夢の中の手紙と財布 泣ける話

団地の朝は、いつでも少しだけ湿っている。

廊下のコンクリートに昨夜の雨が薄く残っていて、鉄の手すりは冷たく、どこかの家の味噌汁の匂いが、まだ目を覚ましきらない空気の中を漂っている。

私はその匂いを吸い込みながら、財布をポケットの上から確かめた。

癖になっていた。

財布があることを確認しないと、心まで置き忘れてきたような気がした。

スーパーのレジは、人の暮らしの端っこばかりを見せる。

半額シールの貼られた惣菜、三本で百円のバナナ、子どもにねだられて渋々かごへ入れられる菓子パン、見切り品の豆腐。

夕方になると、そういう小さな都合や諦めが、ベルトコンベアの上を静かに流れてくる。

私はそれを、ピッ、ピッ、と音を鳴らして通しながら、どこかでいつも、ああ、みんな生きるのが下手だな、と思っていた。

もちろん、いちばん下手なのは私なのだが。

私がこの団地に越してきたのは、父が死んだ翌年だった。

古い団地で、冬はすきま風が鳴るし、夏はコンクリートが夜になっても熱を吐く。

けれど家賃は安かった。

安い、というのは、それだけでときどき人を励ます。

選べるものが少ないとき、人はせめて金額に救われようとする。

母はそのころもう働きづめで、私は高校を出てすぐ、このスーパーのレジに入った。

本当は進学したかった。

文学部、などと口にすると、少し笑われそうな響きだった。

本を読んで何になるの、と言われたら、私にだって答えられなかった。

でも、なりたいものが特になくても、行きたい場所というのはある。

あのころの私には、それが大学だった。

その話になると、いつも思い出す人がいる。

森山先生だ。

高校の国語教師だった。

太宰を教えるときだけ妙に楽しそうで、芥川を教えるときは少し声が低くなった。

作文の時間に、私が出した、ほとんど日記みたいな駄文を読んで、

「君は、うまく嘘がつけないね」

と言った人だ。

あのとき私は、腹が立った。

褒められたのか、見透かされたのか、わからなかったからだ。

けれど先生は続けて、

「だから読める。

上手な文章より、そういうもののほうが、あとに残ることがある」

とも言った。

私はその言葉を、長いこと信じないようにしていた。

信じると、何かを書きたくなってしまうからだ。

書きたいのに書けない、というのは、貧乏より少しだけ始末が悪い。

恩師がこの団地に住んでいると知ったのは、去年の冬だった。

店のサービスカウンターに立っていたら、古びた紺のコートを着た小柄な老人が、ヨーグルト一つと食パン半斤を持って並んでいた。

背中が少し丸くなっていて、髪はずいぶん白くなっていたが、目だけは昔のままだった。

何かを見抜くようでいて、でも責めない、妙に静かな目だった。

「……森山先生」

言ってから、自分の声の小ささに驚いた。

先生は私の名札を見て、少し目を細めた。

「ああ、須藤か」

「はい。

お久しぶりです」

「そうか、ここで働いているのか」

「はい」

「そうか」

それだけだった。

会話というのは、再会の場面ではもっと劇的なものだと思っていた。

先生、お久しぶりです、とか。

覚えていてくれたんですね、とか。

先生のおかげで、なんて、歯の浮くような言葉も、たぶん世の中にはある。

けれど私たちの間に流れたのは、「そうか」だけだった。

しかも二回も。

それが、なんだか先生らしくて、私は少しだけ笑った。

会計を済ませるとき、先生が財布を開いた。

茶色の、すり切れた革財布だった。

端が白くなり、何度も折り曲げた跡がついていた。

その中には、千円札が二枚と、小銭が少ししか入っていなかった。

見ようと思って見たわけではない。

ただ、レジの人間はどうしても見えてしまうのだ。

人の懐具合とか、今日の機嫌とか、そういうものが。

その日から先生は、ときどき店に来るようになった。

牛乳一本の日もあれば、特売の卵だけの日もあった。

いつも買うものは少なかった。

私はレジを打ちながら、先生の生活を勝手に想像した。

年金暮らしなのだろうか。

ひとりなのだろうか。

奥さんはいたはずだが、どうしたのだろう。

聞けるわけもないくせに、私は余計なことばかり考えた。

たぶん私は、先生に恩があった。

高校三年の秋、進路希望調査に私は何も書けなかった。

父が倒れて、家に金がないことを知ったばかりだった。

母はパートを増やし、私は夜に弁当工場で働き始めた。

進学なんて口に出すだけ贅沢に思えた。

けれど私は、本当は文学部に行きたかった。

行って何になるのかと訊かれたら困る程度の夢だったが、それでも行きたかった。

放課後の教室で、先生は空欄のままの紙を見て言った。

「金のことか」

「……別に」

「別に、の顔じゃない」

「先生には関係ないです」

「そうだな。

関係ない」

あのときの私は、その冷たさに傷ついた。

見放された気がした。

ところが先生は、そのあと職員室から古い大学案内と奨学金の資料を持ってきて、机に置いた。

「関係ないが、知ってることはある」

「……」

「家のことで諦めるのは立派だが、あとでそれを誰かのせいにするなよ。

自分で決めるなら、自分で恨め」

いやな言い方だった。

やさしいことを、そのまま言えない人だった。

私は泣きそうになるのを堪えて、

「最悪ですね」

と言った。

先生は、

「知ってる」

と言って笑った。

結局、私は進学しなかった。

父の容態は思ったより悪く、母は私に頭を下げた。

恨んだつもりはなかったが、何もかもに少しずつ腹を立てるようになった。

金のない家にも、早く死んだ父にも、泣いてばかりいた自分にも。

たぶん先生にも。

資料なんて渡して、変な希望を見せたことを、私はどこかで逆恨みしていた。

行けない場所なら、最初から見せないでほしかった、と思ったこともある。

人は、感謝の前に、よく八つ当たりを覚える。

だから、再会してもしばらくは素直になれなかった。

店で会えば挨拶はする。

でもそれだけだった。

ある日、先生がレジに並んでいたとき、財布から小銭を出そうとして、十円玉をいくつも床に落とした。

私は反射的にレジを出て拾った。

丸い硬貨が床を逃げるみたいに転がって、什器の下に入り込んだ。

「すみません」

と先生が言った。

先生が、私に、すみません、と言った。

私は変に腹が立った。

こんな人だっただろうかと思った。

もっと偉そうで、もっと面倒で、もっと生徒を振り回す人だったはずなのに、こんなふうに小さく謝る老人になってしまったのかと思った。

「先生、そんなの、別に」

「年を取るとね」

「……」

「手先が言うことを聞かない」

私は最後の十円玉を拾って、レジ台に置いた。

そのとき財布の中に、折りたたまれた紙が見えた。

封筒ではない。

何かの通知か、請求書のようなものだった。

金額の欄だけが、いやに大きく目に入った。

私は見てはいけないものを見た気がして、慌てて視線を逸らした。

先生は何も言わなかった。

けれど会計を終えて帰る背中が、その日だけひどく薄く見えた。

それから数日、先生は店に来なかった。

妙に気になった。

団地のどの棟かは、前にレシートの住所変更の紙で見て知っていた。

四号棟の五階だった。

行こうかどうか迷って、行かない理由ばかり考えた。

卒業生が教師の家を訪ねるなんて重い。

そもそも先生は迷惑がるかもしれない。

貧乏を見られたくないかもしれない。

……そういうもっともらしい理屈の底で、私はただ、怖かったのだと思う。

先生が本当に困っていたらどうしよう、と。

人は、恩人の弱っている姿を見るのが苦手だ。

自分が助けられた側だったことを、思い出させられるからだ。

五日目の夕方、仕事帰りに私は四号棟へ向かった。

階段は薄暗く、踊り場の窓から西日だけが斜めに差していた。

五階まで上がると息が切れた。

私は昔から体力がない。

先生なら、

「文系の肺だな」

とでも言っただろう。

表札には「森山」とあった。

呼び鈴を押すと、しばらくして、かすかな足音がした。

ドアを開けた先生は、少し驚いた顔をした。

「須藤」

「……すみません。

来ちゃいました」

「来ちゃいました、って」

「来たらだめでしたか」

「いや。

だめなことはない」

部屋はきれいだった。

きれい、というより、物が少なかった。

片づいているというより、減らした感じだった。

本棚も半分くらい空いていて、窓際に小さな机、薬のシート、湯飲み、古新聞。

生活が、静かに痩せていた。

壁際の段ボールには、古本屋の名前が見えた。

先生は本を売ったのだと思った。

その事実が、部屋のどんな寒さよりも胸にきた。

「お茶くらいなら出せる」

「いいです」

「そう言うな。

教師の面目が立たん」

「もう教師じゃないでしょう」

「じゃあ、老人の面目だ」

少し笑ってしまった。

お茶を入れる先生の背中を見ながら、私はたぶんこの人が好きだったのだと、今さら思った。

恋とかそういう馬鹿な意味ではなく、人間として、ちゃんと好きだった。

だから会いに来たのだろう。

先生は湯飲みを二つ持ってきて、低い卓袱台の前に座った。

湯飲みのふちが少し欠けていた。

団地の夕方は、どの部屋も似たような色になる。

薄い西日と、蛍光灯の白さが混ざって、ものが少しだけ古く見える。

先生がぽつりと言った。

「金のことを、隠していた」

唐突で、私は返事ができなかった。

「何年も前から、妻が病気でね。

治療費がかさんだ。

退職金もけっこうきれいに消えた」

先生はそこで湯飲みを見た。

湯気の向こうに、言いにくいことを置くみたいに。

「あいつが死んでからは、一人分の暮らしだから何とかなると思ったんだが、見積もりが甘かった」

「……」

「教え子に見られるのは、少々こたえる」

私はうつむいた。

やっぱり、あの請求書だったのだと思った。

「見てないです」

「見えただろう」

「少し」

「だろうな」

先生は笑った。

でも、その笑い方は前より弱かった。

「君に礼を言っておこうと思っていた」

「私、何もしてないです」

「そうでもない。

レジで普通にしてくれた」

「普通くらい、します」

「貧乏はね、哀れまれるのがいちばん堪える」

私は何も言えなかった。

私は先生に、ありがとうを言いに来たつもりだった。

なのに、先にこんなふうに言葉を渡されてしまった。

しかも、昔と同じように、少し意地の悪い言い方で。

帰り際、先生は玄関で私を呼び止めた。

「須藤」

「はい」

「机の上の封筒、持っていってくれ」

「え?」

「君に」

中には手紙が入っていた。

家に帰ってから開けた。

先生の字は昔と変わらず、少し右上がりで、妙に几帳面だった。

『須藤へ

 遅い手紙で失礼する。

 君が高校三年のとき、私はたぶん、あまりよい教師ではなかった。

 励ますかわりに突き放し、慰めるかわりに理屈を言った。

 ああいう言い方しかできないのは、職業病というより性分だ。

 すまない。

 それでも、君の書くものは好きだった。

 生活の匂いがして、見栄がなく、少し意地が悪くて、でも他人を見捨てきれない文章だった。

 あれは才能と言ってよい。

 進学できなかったことを、私は長いこと気にしていた。

 資料を渡したあとで、無責任だったかもしれないと思った。

 希望は、人によっては刃物になる。

 だが、先日、レジに立つ君を見て少し安心した。

 疲れた顔をしていたが、よく働く顔だった。

 人の暮らしをちゃんと見ている顔だった。

 あれなら大丈夫だと思った。

 金のことを隠していたのは、見栄だ。

 教師というのは、案外、情けない。

 最後に、これは感謝だ。

 あのとき、進路希望調査の紙を前にして、君は「先生には関係ないです」と言った。

 あの言葉を、私はたぶん忘れない。

 腹が立ったのではない。

 頼られなかったことが、少し悲しかったのだ。

 教師は勝手な生き物で、生徒の人生に関係があると、どこかで信じたがる。

 だから、卒業して何年もたったあと、君が「森山先生」と店で声をかけてくれたとき、私は嬉しかった。

 遅いが、礼を言う。

 覚えていてくれて、ありがとう。』

読み終わるころには、字が滲んでいた。

泣くほどのことではないと思った。

思ったが、遅い感謝というのは、早い感謝より胸にくる。

間に合わなかった時間の分まで、重くなるからだ。

私は手紙を胸に押し当てて、しばらく台所に立っていた。

団地の外では、どこかの子どもが泣いていて、隣の家では鍋のふたが鳴った。

誰の人生も劇的ではなく、だからこそ、こういう紙一枚がひどく痛い。

その夜、私はひさしぶりにノートを開いた。

家計簿の続きや買い物メモを書くための安いノートだった。

そこに、先生のことを少しだけ書いた。

古びた財布のこと。

十円玉の転がる音のこと。

本棚の半分が空いていたこと。

貧乏は哀れまれるのがいちばん堪える、と先生が言ったこと。

書いてみると、昔みたいにうまくはなかった。

でも、言葉はまだ死んでいなかった。

それが少し、救いだった。

三日後、先生は店に来た。

食パンと、牛乳と、小さな羊羹ひとつ。

前より少しだけ顔色がよく見えた。

私は手紙のことを言おうとして、やめた。

ここで泣くのは違うと思った。

レジの前には、次の客もいる。

暮らしはいつだって、感動に順番を譲らない。

だから私は、袋詰めをしながら言った。

「先生」

「うん」

「前に、作文の時間に言いましたよね」

「何を」

「私、うまく嘘がつけないって」

「言ったかもしれん」

「ほんとですね」

先生は少し笑った。

「今さら確認か」

「はい。

今さらです」

「それで」

私は財布を取り出した。

あの日から、何度も確かめていた自分の財布だった。

角が少し擦れて、安物で、でも私の手の形になじんでいる。

そこから千円札を一枚抜いて、そっとレジの横の募金箱に入れた。

団地の高齢者支援のための、小さな募金箱だった。

先生がそれを見た。

止めもしなければ、褒めもしなかった。

ただ、ちゃんと見ていた。

「私も、見栄っ張りなんです」

「知ってる」

「知ってましたか」

「君は昔から、困ってるときほど平気な顔をする」

私は笑って、それから、やっと言えた。

「先生。

あのとき、関係ないなんて言って、ごめんなさい」

「……」

「ほんとは、助けてほしかったです」

「うん」

「でも、言えませんでした」

「うん」

「それから、ずっとお礼も言ってなかった」

先生は財布をしまう手を止めて、私を見た。

その目は、昔と同じだった。

見抜くくせに、責めない目だった。

「遅いな」

「はい」

「まあ、君らしい」

「先生もです」

「そうか」

「そうです」

先生は、少しだけ顎を引いて笑った。

私は袋に入れた食パンと牛乳を差し出した。

そのとき、思い切って言った。

「先生」

「まだあるのか」

「あります」

「面倒な卒業生だな」

「先生のせいです」

「責任転嫁だ」

「得意なんです」

先生は肩を揺らして笑った。

本当に小さく、でもたしかに笑った。

「今度、時間があったら」

私はそこまで言って、少しだけ息をのんだ。

こういう誘いは、妙に勇気がいる。

「私の書いたもの、読んでくれませんか」

先生はすぐには答えなかった。

私は断られるかと思った。

もうそんな元気はない、と言われてもおかしくなかった。

けれど先生は、手提げ袋を持ち直してから言った。

「字が読めるうちは、読む」

私は危うく、そこで泣きそうになった。

会計を終えて帰っていく後ろ姿は、やっぱり老人のものだった。

階段を上がるときには息が切れるのだろう。

小銭を落とすことも、これから増えるのだろう。

生活はたぶん、急によくはならない。

金の問題だって、簡単には消えない。

先生の財布が、明日急に厚くなることもない。

私の給料が、来月から倍になるわけでもない。

それでも私は、その背中が前より小さく見えなかった。

たぶん、人は、感謝を伝えた分だけ、相手を見失わずに済むのだ。

夜、団地の廊下を歩くと、窓という窓に灯りがともっていた。

味噌汁の匂い、テレビの笑い声、風呂の湯気、遠くで鳴る救急車。

暮らしは貧しくても、騒がしくても、みっともなくても、止まらない。

止まらないから、遅れて届く言葉にも、ちゃんと居場所がある。

部屋に入って、私は机の引き出しに先生の手紙をしまった。

財布はその隣に置いた。

それから、安いノートを開いて、一行目にこう書いた。

――団地の朝は、いつでも少しだけ湿っている。

書いたあとで、少し笑った。

ずいぶん回り道をしたものだと思った。

でも、遅い感謝にも、遅い再出発にも、きっと意味はある。

明日もまた、レジに立つのだろう。

半額の惣菜や、安い豆腐や、誰かのぎりぎりの一日を受け取って、私はピッ、と音を鳴らすのだろう。

それでも、今日は少しだけ違う。

救われたことを思い出した人間は、前よりほんの少しだけ、やさしく働ける。

そういう小さな変化で、生活はたぶん、また続いていくのだ。

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