【泣ける話】返信できなかった母からの留守電|雨の路地で気づいた最後の愛

Magical alley at twilight glow 家族の話

雨の日の配達は、人を少しだけ意地悪にする。

濡れた伝票。

曇る眼鏡。

階段の踊り場に置かれた傘のしずく。

何度チャイムを鳴らしても出てこない部屋。

そういうものが一つずつ積み重なって、胸の中に、小さな泥のようなものが溜まっていく。

私は配達員になって七年になる。

最初のころは、誰かの暮らしを運んでいるのだと、少し誇らしく思っていた。

誕生日の贈り物。

孫へ送る野菜。

遠くで暮らす誰かへの服。

箱の中身は見えなくても、その向こうに人がいることくらいはわかっていた。

けれど、仕事に慣れるほど、私は荷物をただの番号として扱うようになった。

住所。

時間指定。

再配達。

不在票。

人の暮らしは、いつのまにか伝票の文字になった。

そして私は、自分の暮らしさえ、どこかへ置き忘れていた。

母からの電話も、そうだった。

母は古い携帯を使っていた。

銀色の折りたたみ式の携帯で、画面の端に細いひびが入っていた。

開くたびに、ぱき、と小さな音がした。

私は何度も言った。

「もうスマホに替えればいいだろ」

母はそのたびに笑った。

「これで十分よ。あんたの声が聞こえれば」

私は、その言い方が少し苦手だった。

優しすぎる言葉は、時々、人を追い詰める。

まるで私が、もっと母に電話をしなければいけない人間みたいで。

まるで私は、息子として足りていないと、静かに言われているようで。

もちろん、母にそんなつもりはなかったのだろう。

悪かったのは、いつも私のほうだった。

けれど悪い人間ほど、自分の悪さに名前をつけたがらない。

私はそれを「忙しさ」と呼んだ。

朝から夜まで荷物を積み、雨の中を走り、階段を上り、謝り、判子をもらい、また走った。

母から着信があっても、出ないことが増えた。

最初は、本当に出られなかった。

そのうち、出ないことに慣れた。

「あとで」

私はその二文字を送るだけで、親孝行の前払いでもしたような気になっていた。

母からの返事は、いつも決まっていた。

「無理しないでね」

私はそれを見るたび、なぜか苛立った。

無理しなければ、生活なんて回らない。

雨でも荷物は届かなければならない。

時間指定に遅れれば怒られる。

再配達が増えれば上司に嫌な顔をされる。

それに比べたら、母の「声が聞きたい」なんて、ずいぶんのんきな願いに思えた。

今ならわかる。

のんきだったのは母ではない。

人の心が、いつまでもそこにあると思い込んでいた私のほうだった。

その日も雨だった。

梅雨の終わりで、空は朝から低く垂れこめていた。

私は団地の多い地区を回っていた。

古い建物が並ぶ路地は狭く、軽トラックのミラーをたたまないと曲がれない角もあった。

昼過ぎ、母から電話が来た。

私はちょうど、ずぶ濡れの段ボールを抱えて、三階の部屋の前に立っていた。

片手は荷物で塞がり、もう片方の手は伝票を守るので精一杯だった。

胸ポケットの携帯が震えた。

画面には「母」と出ていた。

私は一度だけ見て、通話を切った。

そして、配達先の玄関が開くのを待ちながら、短く打った。

「今忙しい。あとで」

送信したあと、少しだけ胸がざらついた。

言い方がきつかったかもしれない。

でも、あとで電話すればいい。

そう思った。

人は、取り返しのつかないことほど、簡単に「あとで」と言う。

それから二時間後、知らない番号から電話が来た。

病院だった。

母が路地で倒れていたという。

買い物袋を下げたまま、雨の中に座り込むように倒れていたらしい。

近くの人が救急車を呼んでくれた。

私はその話を聞きながら、なぜか最初に、濡れた荷物のことを考えた。

トラックの後ろに残したままの荷物。

時間指定の荷物。

まだ配り終えていない荷物。

人間は、本当に大事なことが起きたとき、すぐには大事だとわからない。

心が臆病だから、くだらないことに逃げるのだと思う。

病院に着いたとき、母は白いベッドの上にいた。

顔が小さくなっていた。

目だけが、私のほうへ少し動いた。

私は何を言えばいいかわからなかった。

謝ればよかった。

手を握ればよかった。

「怖かっただろう」と言えばよかった。

けれど、私の口から出たのは、まるで別の誰かの言葉だった。

「なんで一人で出歩いたんだよ」

母は答えなかった。

答えられなかったのかもしれない。

ただ、少しだけ目尻を下げた。

笑ったようにも見えた。

困ったようにも見えた。

その顔を見て、私はさらにひどいことを言った。

「電話も、あんな時にかけてこないでくれよ」

言った瞬間、言葉が病室の床に落ちた。

拾えなかった。

母は怒らなかった。

それがいちばん苦しかった。

母は三日後に亡くなった。

最後まで、私を責めなかった。

責められなかったからこそ、私はどこにも逃げられなくなった。

葬式のあと、母の部屋を片づけることになった。

母は古い団地に一人で暮らしていた。

畳は少し日に焼けていて、台所には伏せた湯呑みが一つあった。

冷蔵庫には、私の好きだった卵焼きの作り方が、古い紙に書かれて貼ってあった。

「砂糖は少し多め」

その下に、小さく、

「あの子は甘いほうが食べる」

と書いてあった。

私は、その紙を見て笑いそうになった。

笑いそうになって、だめだった。

四十五にもなる男を、母はまだ「あの子」と呼んでいた。

押し入れの下段に、小さな菓子箱があった。

中には、母の古い携帯が入っていた。

銀色の折りたたみ式。

充電器と一緒に、輪ゴムで留めてあった。

私はしばらく、それに触れられなかった。

触れたら、母の不在が確定してしまう気がした。

いや、もう確定している。

それなのに私は、まだどこかで、母が台所から出てきて、

「お茶でも飲む?」

と言ってくれるのを待っていた。

夜になって、雨が降り出した。

団地の外灯が、濡れた路地をぼんやり照らしていた。

私は母の携帯を充電した。

画面がつくまで、ずいぶん時間がかかった。

ぱき、と音を立てて携帯を開くと、留守電の表示が出ていた。

一件。

日時は、母が倒れた日だった。

私が電話を切った、あの数分後。

私は膝の上に携帯を置いたまま、長いあいだ動けなかった。

聞きたかった。

聞きたくなかった。

そのどちらも本当だった。

けれど、逃げても仕方がなかった。

私は何度も逃げて、最後に母をひとりにしたのだから。

再生ボタンを押した。

ざあ、と雨の音が入っていた。

それから、母の息づかい。

弱く、細く、けれど確かに母の声だった。

「もしもし。忙しいのに、ごめんね」

その一言で、私は崩れた。

母は、最後まで謝っていた。

悪いのは私なのに。

待たせたのも、出なかったのも、冷たくしたのも、全部私なのに。

母は、少し息を整えてから続けた。

「さっきね、あんたのトラックを見た気がしたの」

私は顔を上げた。

雨の路地。

団地の前の細い道。

あの日、私はたしかにこの近くを走っていた。

「違う人かもしれないけどね。雨の中、荷物を抱えて走ってた。あんたみたいだった」

母は、小さく笑った。

「昔からそうだったね。運動会でも、転んでも、最後まで走ってた。泣きながらでも、走ってた」

私は携帯を握りしめた。

母は、私が忘れていた私を、まだ覚えていた。

私はもう、自分をただの配達員だと思っていた。

時間に追われ、謝り、疲れて、不機嫌になるだけの男だと思っていた。

けれど母の中には、転んでも走っていた小さな私が、まだ生きていた。

「電話したのはね、責めたかったんじゃないの」

雨音が少し大きくなった。

母の声は、その雨に消えそうだった。

「ただ、言いたかっただけ」

そこで、長い沈黙があった。

その沈黙の中に、母の部屋の匂いがした。

薄い味噌汁。

干したばかりのタオル。

古い携帯を開く、ぱき、という音。

「返事が遅いの、怒ってないよ」

母はゆっくり言った。

「忙しいんだろうなって、思ってた」

私は唇を噛んだ。

「でもね、忙しい人ほど、自分のことを後回しにするから」

母は少し咳き込んだ。

その音が、胸に刺さった。

「雨の日は、あったかいもの食べなさい」

また沈黙があった。

それから、母は本当に小さな声で言った。

「お母さんは、あんたの声が聞けない日も、あんたがどこかで頑張ってると思うだけで、けっこう幸せでした」

私は声を出して泣いた。

子どものような泣き方だった。

恥ずかしいほど、情けない泣き方だった。

けれど母はもう、それを笑ってくれなかった。

留守電は、最後に少しだけ続いていた。

母が、何か言いかけていた。

「それから……」

雨の音。

遠くで車が通る音。

母のかすかな息。

「今度、時間ができたら、卵焼き、作るから」

そこで録音は切れていた。

私は携帯を耳に当てたまま、ずっと座っていた。

外では雨が降っていた。

路地には水たまりができ、街灯の光が揺れていた。

母は、私に許しを残したのではない。

もっと残酷で、もっと優しいものを残した。

私がまだ生きていくための、言葉を残したのだ。

翌日、私は配達に出た。

雨はまだ降っていた。

靴下は濡れ、伝票はふやけ、時間指定には追われた。

何も変わらなかった。

ただ、昼休みに私は古い定食屋へ入った。

味噌汁と卵焼きの定食を頼んだ。

卵焼きは、母のものより甘くなかった。

それでも、湯気で眼鏡が曇ったとき、母がそこにいるような気がした。

午後、細い路地で荷物を抱えて走っていると、小さな男の子が母親と傘を差して歩いていた。

男の子が私を見て言った。

「配達屋さん、雨でも走るんだね」

私は少し笑った。

「待ってる人がいるからね」

そう言ってから、自分で驚いた。

私はずっと、誰かに待たれていると思って働いてきた。

荷物を待つ人。

時間通りに来ることを期待する人。

不在票に腹を立てる人。

けれど本当は、私自身も待たれていた。

母に。

返事の遅い、情けない息子のままで。

それでも母は、私を待っていた。

その日の夜、私は母の古い携帯を開いた。

ぱき、と小さな音がした。

留守電を最後まで聞いてから、私は声に出した。

「母さん、ただいま」

返事はなかった。

けれど、窓の外で雨が少し弱くなった。

まるで誰かが、もういいよ、と言ったように。

救いというには、あまりに遅い。

許しというには、私はまだ何も返せていない。

それでも私は、その夜はじめて、母に返信できた気がした。

翌朝、私は母の携帯を胸ポケットに入れて仕事へ向かった。

もう鳴らない携帯だった。

それでも、雨の路地を走るたび、そこから小さな声がする。

無理しないでね。

あったかいもの食べなさい。

私はそのたびに、少しだけ歩幅をゆるめる。

そして荷物を抱え直す。

母が覚えていてくれた、転んでも最後まで走る子どものように。

ただ今度は、泣きながらではなく。

どこかで見ている母に、少しだけ笑ってもらえるように。

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