【号泣・短編小説】認知症の祖母が「ボロボロのマグカップ」を守り続けた理由

私が捨てようとしたもの 家族の話

私は、自分の底の浅さを知っている。

白衣をまとい、仏のような微笑みを浮かべて老人の背中をさすっていても、腹の底では常に時計の針ばかりを気にしている。

他人の下の世話を献身的にこなす心優しい青年。

そんな自己陶酔のメッキは、過酷な労働環境の中であっけなく剥がれ落ちていた。

私はただ、生活のため、そして社会的な体裁のために、心を持たない自動人形のように立ち回っているに過ぎない。

介護士という職業は、私のような底意地の悪い偽善者が、最も就いてはならない仕事だったのかもしれない。

勤務先の特別養護老人ホームには、私の実の祖母が入所している。

施設側はもちろん私が孫であることを知っているが、身内を自分の職場で預かるというのは、想像以上に残酷なものだった。

祖母の認知症は年々進行し、今では私の顔を見ても、それがかつて可愛がった孫であることすら分からない日が多い。

かつて私を力強く抱きしめてくれたその手は、今や枯れ枝のように細く、皮膚の下には青黒い血管が痛々しく透けている。

ただ「親切な職員さん」として私を見る彼女の濁った瞳に、私は身勝手な安堵と、吐き気を催すほどの罪悪感を同時に抱いていた。

祖母のベッドの横には、常に場違いなプラスチックのマグカップが置かれている。

底が黒ずみ、縁には無数の細かい傷が入った、安っぽい百円均一の品だ。

施設側としては衛生面から新しいものに替えたいのだが、祖母はそれを頑なに拒んだ。

入浴の時も、食事の時も、まるで自分の魂の半分であるかのように、そのみすぼらしいマグカップを両手で抱え込んでいるのだ。

無理に取り上げようとすれば、子どものように泣き叫んで暴れた。

事件は、ひどく雨の降る、人手の足りない夕刻に起きた。

夕食の準備と鳴り止まないナースコールが重なり、夕暮れ時の施設はまるで秩序を失った野戦病院のような有様だった。

すべてが重なり、私の神経は完全にささくれ立っていた。

祖母の車椅子を食堂へ押そうとした時、彼女は膝に抱えていたマグカップを床に落とした。

カラン、と乾いた、ひどく神経を逆撫でする音がして、中に入っていた麦茶がリノリウムの床に無惨に広がった。

「ああっ、もう!」

私は舌打ちを隠しきれず、モップを取りに走りながら、冷たく言い放った。

「だから、いつも持っていちゃダメだと言っているでしょう」

「そんな汚いコップ、もう捨てますからね」

「周りの迷惑も少しは考えてくださいよ」

言ってしまってから、肺の空気が凍りついた。

祖母は車椅子の上で小さく縮こまり、両手で顔を覆って震えていた。

その姿は、私が長年見下してきた「厄介な老人」そのものだった。

しかし同時に、幼い頃に私を膝に乗せて子守唄を歌ってくれた、あの優しかった祖母の成れの果てでもあったのだ。

自分の吐き出した言葉の醜悪さに、私は絶望した。

私は結局、自分が可愛いだけの、薄情で傲慢な小悪党に過ぎない。

謝罪の言葉すら喉に詰まり、私は逃げるようにその場を離れ、清掃用のモップを無言で振り回した。

その夜、夜勤の巡回で祖母の部屋に入った。

規則正しい寝息を立てる祖母の枕元に、昼間私が半ば強引に取り上げて洗った、あの傷だらけのマグカップをそっと戻そうとした時のことだ。

サイドテーブルの引き出しが少し開いており、そこから見慣れない大学ノートが覗いていた。

表紙には「備忘録」と、祖母の几帳面な字で書かれている。

古い紙魚の匂いがするノートだった。

私は、見てはいけないと知りつつも、自らの罪と向き合うための罰を求めるように、微かに震える指先でそのページをめくった。

日付はバラバラで、同じことが何度も書かれていたり、意味不明な文字の羅列があったりと、認知症の進行を生々しく物語っていた。

しかし、最後のページに書かれた、震えるようなボールペンの筆跡に、私は目を奪われた。

『今日、職員さんに怒られた。』

『怖い顔をしていた。』

『でも、あのコップだけは渡せない。』

『あれは、私の孫が、初めてのお給料で買ってくれたものだから。』

『名前は忘れてしまったけれど、あの子のことは忘れたくない。』

『コップを持っていれば、あの子と繋がっていられる気がする。』

『怒られても、あれだけは守らなければ。』

『私の、大切な、大切な……』

そこから先は、涙で滲んだのか、文字が激しく乱れて読めなかった。

胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

私は思い出した。

あれは高校生の頃、初めてのアルバイトの給料で、祖母の誕生日に適当に買った安物のマグカップだった。

「ばあちゃん、これやるよ」

照れ隠しにぶっきらぼうに渡した私に対し、祖母はまるで国宝でも受け取るかのように目を細め、何度も「ありがとう」と繰り返した。

私自身すら完全に忘却の彼方に追いやっていたその事実を、記憶が崩壊していく祖母は、感情の奥底で必死に抱きしめ続けていたのだ。

私が「汚い」と切り捨て、「捨ててやる」と脅したあのガラクタは、祖母にとって、私という存在をこの世に繋ぎ止めるための、唯一の命綱だった。

声を出して泣くことすら、私には許されない気がした。

自分の傲慢な「言い方」が、忙しさを免罪符にして吐き出したあの言葉が、祖母の必死の祈りをどれほど無惨に切り裂いたか。

自己嫌悪という言葉では生ぬるい、冷たい刃物が内臓をかき回すような激しい痛みが全身を駆け巡った。

私はノートを静かに引き出しに戻し、マグカップを祖母の小さな手に触れる位置に置いた。

謝罪の言葉を述べることも、感動的な和解を演出することも、ここにはない。

明日になれば、祖母はまた私を「親切な職員さん」と呼び、私は偽善の笑みを浮かべて排泄物の処理をするのだろう。

失われた記憶が完全に戻ることは決してなく、私が彼女に与えた恐怖という傷跡が消えることもない。

ただ、私はもう二度と、あのマグカップを手放させようとは思わない。

窓の外では、冷たい夜雨が降り続いている。

リノリウムの床に、街灯の青白い光が四角く落ちていた。

私はパイプ椅子を引き寄せ、祖母の寝顔のそばに腰を下ろした。

彼女が目を覚ました時、真っ先にあのマグカップを見つけられるように。

そして、その視線の先に、名も知らぬただの職員としての私が、ただ静かに寄り添っていられるように。

薄暗い病室の中で、私はただ、朝が来るまで見守るという静かな祈りだけを続けることにした。

それは、救いようのない私に唯一許された、あまりにもちっぽけで、ひそやかな贖罪の形だった。

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