雨だれの行き先

雨の夜の静けさ 泣ける話

雨の夜の路地は、昼より少しだけ本音に近い。

 

 人通りが減るからかもしれないし、アスファルトが濡れて、町の灯りを余計に映してしまうせいかもしれない。

 

 昼間なら見過ごせるものが、夜の雨の中では、妙にくっきり浮かぶ。

 

 閉め遅れた古い雨戸とか、軒先に置かれた傘立ての錆びとか、帰りを急ぐ人の肩の丸さとか。

 

 信号待ちで止まるたび、雨粒がフロントガラスの上を斜めに走っていく。

 

 あれを見ていると、人の気持ちも、結局どこかへ流れていくものなのだろうと思う。

 

 もっとも、きれいに流れきるものなら、誰も苦労はしない。

 

 私はタクシーを運転している。

 

 四十二になる。

 

 夜勤が多い。

 

 酔った客も乗せるし、病院帰りの沈黙も乗せるし、終電を逃した若い恋人たちの、うるさいくせにどこか心細い笑い声も乗せる。

 

 そういうものを後部座席にひとつずつ積んで、町を回る。

 

 タクシーという仕事は、話を聞く仕事に見えて、実際は、聞かないまま運ぶ仕事なのかもしれない。

 

 行き先だけは確かで、中身には立ち入らない。

 

 その距離のとり方に、私は長いこと助けられてきた。

 

 人の事情に触れても、自分の事情までは見なくて済むからである。

 

 母と暮らし始めたのは、五年前だった。

 

 父が亡くなったあと、実家にひとり残すのが心配で、私が戻った。

 

 孝行息子といえば聞こえはいい。

 

 だが本当のところは、離婚してひとりになった自分に、ちょうどよく言い訳ができただけなのかもしれない。

 

 人間は、誰かのために生きる顔をして、案外、自分の空白を埋めている。

 

 私もたぶん、その程度の男だった。

 

 母は昔から、言葉を飲み込む人だった。

 

 怒らないわけではない。

 

 怒るのだが、怒鳴らない。

 

 腹が立っても、包丁を置く音が少し強くなるとか、味噌汁の味が少し濃くなるとか、洗濯物をたたむ手つきが少しだけ固くなるとか、そういう形でしか出てこない。

 

 父は逆で、なんでもすぐ口にする人だったから、二人はよく釣り合っていたとも言えるし、母だけが長年、損をしていたとも言える。

 

 私は子どものころ、母のそういう黙り方が苦手だった。

 

 何を考えているのかわからないし、怒っているのか諦めているのか、その境目も曖昧だった。

 

 だったら言えばいいのに、とよく思った。

 

 だが大人になってみると、言わないことでしか保てないものもあると、少しはわかる。

 

 わかったところで、自分がそれに優しくなれるかどうかは別の話だが。

 

 母と私の関係がこじれたのは、たいした事件があったからではない。

 

 むしろ逆で、たいしたことのない日々が少しずつ擦れていった結果だった。

 

 私が夜勤明けで昼まで寝て、起きれば母が作った昼飯を無言で食べ、夕方にはまた仕事へ出る。

 

 母はそのあいだ、掃除をし、買い物へ行き、仏壇に手を合わせ、近所の人と立ち話をし、私が脱ぎ散らかした靴下を拾っていたのだろう。

 

 夕方には玄関の三和土を軽く拭き、私の弁当箱を洗い、父の遺影の前の花の水を替えていたのだと思う。

 

 そういう生活の細部を、私はろくに見ていなかった。

 

 見ていなかったくせに、ある日、妙に偉そうなことを言った。

 

 雨の強い夜だった。

 

 私は仕事へ出る前で、母は玄関先で、私の濡れた制服の上に羽織る薄い上着を持ってきた。

 

 私の使っていた黒い傘は、もうだいぶくたびれていた。

 

 骨が一本ゆがみ、布の縫い目も一か所ほどけて、強い風の日には肩口が必ず濡れた。

 

「傘、替えたほうがいいよ」

 

 と母が言った。

 

「まだ使えるよ」

 

「でも、この前も肩濡れてたでしょう」

 

「大丈夫だって」

 

「大丈夫って言うけど、風邪ひいたら困るのはあんたでしょ」

 

 そのとき私は、なぜだか無性に腹が立った。

 

 疲れていたのだと思う。

 

 前の晩は酔客に絡まれ、そのあと病院から出てきた泣いている女の人を乗せ、最後には料金のことで揉めた。

 

 夜明け近くのコンビニで飲んだ缶コーヒーはまずく、寝た気もしないまま、また夕方が来ていた。

 

 雨の日の夜勤は、人の機嫌の悪さばかり拾う。

 

 こっちの機嫌まで悪くなるのも、ある意味では自然だったのかもしれない。

 

 だからといって、誰かを傷つけていい理由にはならないが。

 

「いちいち子どもみたいに言わないでくれよ」

 

 私は靴を履きながら言った。

 

「俺は客を乗せて走ってるんだよ。母さんみたいに家にいるわけじゃないんだから」

 

 言ってしまってから、まずいと思った。

 

 だが言葉というものは、たいてい、まずいと思う速度では戻らない。

 

 母は黙った。

 

 その黙り方が、昔と同じだった。

 

 怒っているのか、傷ついたのか、もう私にはわからない。

 

 ただ、持っていた上着だけを、そっと下駄箱の上へ置いた。

 

 私はそのままドアを閉めた。

 

 雨の音が強かった。

 

 ワイパーを動かしながらも、さっきの自分の声だけが、妙にはっきり耳に残っていた。

 

 母みたいに家にいるわけじゃないんだから。

 

 なんという貧しい言い方だろう。

 

 家にいることが、何もしないことだとでも言いたかったのか。

 

 私が仕事をしているあいだ、家が勝手に回っているとでも思っていたのか。

 

 いや、思っていたのだろう。

 

 人は、身内の労力ほど、景色の一部みたいに見落とす。

 

 その夜、私は何度も母へ電話をかけようかと思った。

 

 けれど客を乗せ、降ろし、またメーターを倒しているうちに、謝るには遅すぎる気がしてきた。

 

 遅すぎる、というのは便利な逃げ口上である。

 

 本当は、謝るのが怖いだけなのだ。

 

 結局、私は電話をしなかった。

 

 家へ戻ったのは明け方近くだった。

 

 母の部屋の灯りは消えていた。

 

 台所のテーブルに、ラップのかかったおにぎりが二つと、味噌汁の入った鍋が置かれていた。

 

 湯呑みは伏せられ、私の好きな漬物まで小皿に出ていた。

 

 私はそれを見て、胸の奥が少し痛んだ。

 

 それでも、その夜は食べなかった。

 

 食べたら、謝らなければならない気がしたからである。

 

 人は時々、やさしさを受け取ることから先に逃げる。

 

 情けない話だが、私にはそういう癖があった。

 

 それから二日後、母は家を出た。

 

 出た、といっても大げさなものではない。

 

 近所の叔母の家へ、二、三日行くと言って、小さな鞄を持って出かけただけだった。

 

 ただ、そのとき私とは顔を合わせなかった。

 

 台所のカレンダーの下に、メモが一枚あった。

 

 叔母さんのところに行ってきます。ごはんは冷蔵庫にあります。

 

 それだけだった。

 

 私は妙に腹が立った。

 

 腹が立つ資格などないのに、立った。

 

 こういう時の怒りは、たいてい、相手に置いていかれたことへの子どもっぽい抗議でしかない。

 

 母が戻らないまま一週間が過ぎた。

 

 私は仕事の合間に叔母の家へ電話をしたが、母は出たがらないらしかった。

 

「少し頭を冷やしたいんだよ」

 

 と叔母は言った。

 

 頭を冷やしたいのは、こっちだって同じだった。

 

 いや、同じではないのだろう。

 

 同じではないから、こうなっている。

 

 家へ帰ると、冷蔵庫の中の作り置きだけが、妙に几帳面に並んでいた。

 

 煮物、茹でた青菜、味噌の小分け、切ってある葱。

 

 母がいないのに、母の手つきばかりが台所に残っていた。

 

 そのことが、だんだん堪えた。

 

 雨の続く夜だった。

 

 私はいつものように車を流していて、細い路地の角で手を挙げる女の人を見つけた。

 

 傘を差していたが、裾はだいぶ濡れていた。

 

 年のころは母と同じくらいだった。

 

 後部座席に乗りこむと、その人は行き先を言って、それから急に黙った。

 

 私はバックミラー越しに見ないふりをした。

 

 しばらくして、小さな音が聞こえた。

 

 啜り泣く声だった。

 

 私は何も言わなかった。

 

 こういう時、運転手がかける言葉など、たいてい半端である。

 

 ただ、目的地の少し手前で、その人のスマホが鳴った。

 

 着信ではなく、留守番電話の再生音らしかった。

 

 車内に、年配の女の声が小さく流れた。

 

『もしもし。帰り、雨だから気をつけてね』

 

 たったそれだけだった。

 

 女の人はその声を聞くなり、こらえていたものが切れたみたいに泣いた。

 

 私はハンドルを握ったまま、視線を前から動かせなかった。

 

 その声が、母の声に少し似ていたのである。

 

 目的地に着くと、女の人は何度もすみませんと言い、濡れたお札を出した。

 

 私は釣りを渡しながら、

 

「お母さんですか」

 

 とだけ訊いた。

 

 女の人はうなずいて、

 

「昨日、けんかして。さっき亡くなったって」

 

 と、言った。

 

 それ以上は聞けなかった。

 

 聞けるはずもなかった。

 

 私はその人を降ろしたあと、しばらく路肩に車を寄せて動けなかった。

 

 雨がフロントガラスを打っていた。

 

 ワイパーを止めると、水の向こうで町の灯りがぐにゃりと歪んだ。

 

 帰り、雨だから気をつけてね。

 

 それだけの留守電で、人はあんなふうに泣くのだ。

 

 いや、あれで泣いたのではない。

 

 あれしか、もう受け取れなかったから泣いたのだろう。

 

 私は急に怖くなった。

 

 母がいなくなることがではない。

 

 いなくなる前に、またあんな言葉を吐いてしまう自分のほうが、よほど怖かった。

 

 その夜、営業所へ戻る前に、私は車を停めて母へ電話をかけた。

 

 出なかった。

 

 呼び出し音のあと、留守番電話に切り替わる。

 

 私はしばらく黙っていた。

 

 何を言えばいいのかわからなかった。

 

 謝るのか、戻ってきてくれと言うのか、まず飯は食べてるかと訊くのか。

 

 どれも違う気がした。

 

 結局、私はこんなふうに言った。

 

「母さん。……この前は悪かった」

 

 それだけ言って、また黙った。

 

 だが黙ったあと、不思議に、少しだけ言葉が続いた。

 

「傘のことも、上着のことも、わかってた。わかってたのに、あんな言い方した」

 

 雨の音が車の屋根を打っていた。

 

「母さんが家にいるって、簡単に言って悪かった。家を回してたのは、ずっと母さんだった」

 

 私はハンドルを見たまま、息をついた。

 

「俺、たぶん、甘えてたんだと思う」

 

 そこまで言って、自分の声が少し震えているのに気づいた。

 

「帰ってきてほしいとかは、今すぐ言わない。でも、ちゃんと話したい」

 

 最後に、ずいぶん間の抜けたことを言った。

 

「……帰り、雨だから、気をつけて」

 

 自分で言って、少し泣きそうになった。

 

 母の真似みたいで、情けなかったからである。

 

 その翌日の昼、私は夜勤明けで寝ていた。

 

 玄関の音で目が覚めた。

 

 母が帰ってきていた。

 

 鞄を置き、濡れた傘をたたみ、何事もなかったみたいに台所へ立っている。

 

 その後ろ姿が見えた瞬間、私は胸の奥のどこかがほどけるのを感じた。

 

 私は布団から起き出して、廊下に立った。

 

 母は振り向き、少しだけ気まずそうな顔をした。

 

「留守電、聞いた」

 

 と母が言った。

 

 私はうなずいた。

 

「ごめん」

 

 と私は言った。

 

 母はしばらく黙っていた。

 

 それから、

 

「私も、ちょっと意地になった」

 

 と小さく言った。

 

「でも、あんた、ちゃんと食べてなかったでしょう」

 

 その一言で、私は笑ってしまった。

 

 泣きながら笑うというのは、どうにも間の抜けたものだ。

 

 だが和解というものは、たぶんいつも、少し間が抜けている。

 

 立派な言葉を言い合ったから仲直りするのではない。

 

 味噌汁を温め直すとか、濡れた傘を玄関で広げるとか、そういう小さなことのほうが、よほど人を元の場所へ戻す。

 

 母は鍋の蓋を開けながら、

 

「お昼、食べる?」

 

 と訊いた。

 

 私は、

 

「食べる」

 

 と答えた。

 

 その返事は、ずいぶん久しぶりに、素直な声だった。

 

 母は冷蔵庫から残り物を出し、味噌汁を火にかけた。

 

 私は何もせず立っているのがいたたまれなくて、食器棚から茶碗を出した。

 

 たったそれだけのことが、妙に新しく感じられた。

 

 外ではまだ雨が降っていた。

 

 路地はきっとまた濡れて、町の灯りを余計に映しているのだろう。

 

 けれど私は、その日の雨を、前ほど冷たいものだとは思わなかった。

 

 降るものは降る。

 

 濡れるものは濡れる。

 

 それでも、帰る場所までなくなるわけではないのだと、ようやく少しだけ思えたからである。

 

 その夜、仕事へ出る前に、私は玄関の傘立てを見た。

 

 母が新しい傘を一本、そこへ立てていた。

 

 黒くて、骨のしっかりした、なんの飾りもない傘だった。

 

 私はそれを手に取り、少しだけ重さを確かめた。

 

 母は台所から、

 

「今度のは、風に強いらしいよ」

 

 と言った。

 

 私は振り返って、

 

「ありがとう」

 

 と答えた。

 

 それだけのことで、母は少しだけ笑った。

 

 雨だれは今日も、どこかへ落ちていく。

 

 けれど、落ちた先にも、ちゃんと行き先はあるのだろう。

 

 そんなことを思いながら、私は新しい傘を開いて、夜の路地へ出た。

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