商店街の朝は、どこか人の機嫌に似ている。
明るいようでいて、まだ少し濁っている。
魚屋は威勢よく氷を砕くくせに、八百屋の夫婦はいつも小声で喧嘩しているし、パン屋のシャッターは毎朝きっちり七時に上がるのに、店主はいつ見ても眠そうだ。
そういう、揃っているようで揃っていない気配の中を、私は店の鍵を開ける。
「白栄クリーニング」
商店街の真ん中より少し端、角から三軒目。
父の代から続く、小さな店だ。
もっとも、父が店にちゃんと立っていた記憶は、あまりない。
酒の匂いのほうを、私はよく覚えている。
いま店を実際に回しているのは、ほとんど私だった。
朝はシャツに霧を吹き、昼は受け取りに来た客に頭を下げ、夜はアイロン台の前で襟を伸ばす。
三十二歳。
未婚。
これといった特技もなく、夢を語るには少し歳を取り、諦めるにはまだ妙に未練がある。
その中途半端さが、私は昔から嫌いだった。
嫌いだったが、では何者かになれたのかというと、結局、なれなかった。
そういう自分を、毎日ハンガーの列みたいに眺めて暮らしている。
母は、通りの端で総菜屋をやっていた。
「のぐち惣菜店」
コロッケ、ひじき煮、きんぴら、卵焼き。
夕方になると、部活帰りの高校生や、会社帰りの男の人がふらりと寄って、紙袋を提げて帰っていく。
母は小柄で、声も高くはないのに、店先に立つと不思議と人が寄っていった。
あの人には、人を安心させる手つきがある。
私にはなかったものだ。
子どものころ、私はよく総菜屋の奥で宿題をした。
揚げ油の音を聞きながら、母の使い古したハンカチで汗を拭いていた。
白地に、小さな青い糸の刺繍が入ったハンカチだった。
もともとは父のものだったらしい。
父のイニシャルが隅に縫ってある。
母はそれを何枚も持っていて、くたびれるたびに私の店で洗わせた。
「お父さんのもんなんて、もう捨てればいいのに」
そう言ったことが、一度だけある。
すると母は、笑いながら言った。
「布は、罪ないからねえ」
私はその言葉が嫌いだった。
母が父を許しているように聞こえたからだ。
父は怒鳴る人だった。
働かない時期も長かったし、酒癖も悪かった。
母は泣きながら朝の仕込みをして、それでも夕方には店先で笑っていた。
私はそんな母を見るたび、愛情というものが時々、馬鹿みたいに見えた。
だから私は、母の我慢を、美徳というより執着だと思っていた。
この人は、古いものにしがみつく人だ、と。
その思い込みが、たぶん、あの日の見間違いを生んだのだと思う。
三か月前の午後だった。
春先にしては変に冷える日で、雨が商店街の屋根を細かく叩いていた。
私は店の裏口へ、仕上がった衣類を運んでいた。
そのとき、通りの斜め向かい、総菜屋の勝手口のあたりで、母が見知らぬ男と向き合っているのが見えた。
男は五十過ぎくらいだった。
黒いコートを着て、何度も頭を下げていた。
母は困ったように何か言い、それから白いハンカチを差し出した。
男はそれを両手で受け取り、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
雨のせいで、細かい表情までは見えなかった。
けれど、その距離の近さだけが、妙に私の胸に刺さった。
しかも、そのハンカチが、父のものに見えた。
あれをなぜ、見知らぬ男に渡すのだろう。
あれは、父の匂いのしみついた、母がずっと持っていたはずのものではなかったか。
ほんの数秒のことだった。
なのに私は、その数秒で勝手に傷つき、勝手に裏切られた。
人は事実で傷つくより先に、自分の想像で傷つくらしい。
その夜、母が売れ残りの煮物を小鉢に入れて、うちへ持ってきた。
私はレジ締めの計算をしていたが、顔も上げずに言った。
「そういうの、やめたほうがいいよ」
母は意味がわからなかったらしく、少し黙った。
「どういうの」
「今日、見たから」
そこで母はようやく黙りこんだ。
私はその沈黙に、いっそう腹が立った。
「商店街で目立つことしないで。噂になるようなこと」
いま思えば、ずいぶん卑劣な言い方だった。
具体的に責めず、しかし十分に相手を傷つける言い方だ。
私はそういう言葉の選び方だけは、昔から上手かった。
母はしばらく立ったまま、手にした小鉢を見ていた。
「……見たの」
「見たよ」
「そう」
母はそれ以上、弁解しなかった。
怒るでもなく、泣くでもなく、ただ小さく頷いて、持ってきた煮物を棚に置いた。
「冷めないうちに食べなさい」
それだけ言って帰っていった。
私は追いかけなかった。
追いかけて、もし事情を聞いて、私の勘違いだったら困ると思ったのだ。
つまり私は、そのときまだ、自分が正しい側にいたかったのである。
情けない話だが、人はときどき、真実より自尊心を守る。
それから母とは、ほとんど口をきかなくなった。
朝、向かいの店のシャッターが上がる音がする。
昼、コロッケの揚がる匂いが流れてくる。
夕方、買い物帰りの客が「お母さん元気?」と聞いてくる。
私はそのたびに、「さあ」とか「忙しいんじゃないですか」とか、店員らしい無表情でやり過ごした。
母のほうも、必要なことしか言わなくなった。
クリーニング代を払うときも、小銭をきっちり数えて、レジの前に置くだけだった。
昔は「これ洗える?」とか「このシミ落ちる?」とか、どうでもいい話をいくらでもしてきたくせに。
私はその静かさに傷ついた。
しかし、傷つく資格などないことも知っていた。
謝ろうと思ったことは、何度もあった。
けれど私は、謝る前に必ず頭の中で場面を作りすぎる。
母がどんな顔をするか。
私がどの順番で何を言うか。
許されるのか、許されないのか。
そうやって考えれば考えるほど、最初の一言が出なくなる。
結局、何も言えないまま、春が過ぎた。
ある夕方、近所の文房具屋の奥さんが、ワイシャツを受け取りながら言った。
「お母さん、このごろ咳してるね。無理してるんじゃない」
私は思わず、向かいを見た。
母はいつものように店先に立っていたが、たしかに少し痩せて見えた。
腕が前より細くなっている。
それでも客の前では笑っている。
私は胸のあたりが重くなったが、だからといって、店を飛び出して行けるほど素直ではなかった。
私はほんとうに、救いようがない。
心配するくせに、優しくできない。
後悔するくせに、先に動けない。
そうやって何でも遅れる。
遅れて、遅れて、とうとう取り返しのつかないところまで行ってから、ようやく泣く。
六月の終わり、総菜屋は店を休んだ。
朝になってもシャッターが上がらない。
鍋の匂いがしない。
商店街の空気が、妙に薄かった。
薬局のおばさんが言った。
「お母さん、昨日の夜に倒れて病院行ったよ。疲れが出たんだろうね」
私はその場で、預かり票を一枚、床に落とした。
夜、叔父に店番を頼んで病院へ行くと、母は点滴を受けながら眠っていた。
病室の白さが、いやに静かだった。
棚の上に、あの白いハンカチが置いてあった。
端の青い刺繍。
父のイニシャル。
やはり見間違いではなかったのだと、まず思った。
そして次に、その下に置かれた封筒に気づいた。
私の名前が書いてある。
丸い、右上がりの字。
私はしばらくそれを見ていた。
読むのは卑怯な気がした。
だが読まなければ、私はたぶん、また勝手に想像して、勝手に傷つくのだろう。
そういう人生は、もううんざりだった。
手紙は、短かった。
あの日、あんたが見た人は、お父さんの昔の同僚でした。
若いころ、お父さんが困っていたときに少しお金を借りていたそうです。
亡くなる前に返せなかったからと、いまになって持ってきてくれました。
私はいらないと言ったけれど、どうしてもと言うので、お金だけ受け取るのもいやで、代わりにお父さんのハンカチを渡しました。
せめて、何か形があったほうが、その人の気持ちも置き場ができると思ったからです。
あのハンカチ、あんたに洗ってもらったばかりの、いちばんきれいな一枚でした。
あんた、見間違えたんだね。
でも、見間違えるくらい、私がちゃんと話していなかったんだと思います。
怒られたことは、べつに平気です。
ただ、あんたが私を見る目が、あまりにつらそうで、それがいやでした。
人を疑う顔じゃなくて、自分を嫌いになる顔をしていたから。
あんたは昔からそうです。
まちがえると、まちがえたことより先に、自分を罰します。
それは、あまりよくないよ。
私は母親だから、できればあんたには、少しくらい自分にやさしくしてほしい。
帰ったら、またハンカチにアイロンをかけてください。
あんたのかけたハンカチは、角がきれいで好きです。
最後の一行だけ、少し字が滲んでいた。
私はそこで、どうしようもなくなった。
泣くつもりなどなかったのに、涙が落ちた。
病院の白い床に、一粒ずつ暗いしみができた。
私はようやくわかった。
母を疑ったことが苦しかったのではない。
母に対してあんな言葉を向けられるほど、自分の中に醜いものがあったことが、苦しかったのだ。
そして母は、それを責める代わりに、私のほうを心配していた。
それが、たまらなかった。
「読んだの」
かすれた声がして、顔を上げると、母が目を開けていた。
私は手紙を持ったまま、頷いた。
「ごめん」
たったそれだけ言うのに、喉が痛かった。
母はしばらく私を見て、それから少し笑った。
「ほんとにねえ」
その言い方が、昔と同じだった。
怒っているわけでも、許しているわけでもない。
ただ、こちらの情けなさを知ったうえで、それでもそばに置いておく声だった。
私は椅子に座ったまま、子どもみたいに泣いた。
母は点滴の管のついた手を少し持ち上げて、
「ハンカチ、しわになるから」
と言った。
私は涙を拭きながら笑った。
「退院したら、ちゃんとかける」
「今度は曲げないでよ」
「もう曲げない」
「どうだか」
それだけだった。
けれど、和解というのは、案外そういうものなのかもしれない。
劇的な言葉ではなく、しわの話に戻れること。
日常の、いちばん小さな場所に、また一緒に立てること。
母が退院してから、私は朝だけ総菜屋を手伝うようになった。
じゃがいもを潰し、衣をつけ、揚げたてのコロッケを並べる。
私は不器用で、形がいつも少しいびつになる。
母は笑って言う。
「性格が出るねえ」
「そっちこそ」
「私は丸いの」
「図太いんでしょ」
そんなことを言いながら、油の匂いの中で二人で立つ。
昼になると私は自分の店へ戻り、預かったワイシャツにアイロンをかける。
ときどき母の白いハンカチも混ざっている。
端の青い刺繍を確認し、布目を整え、角をぴたりと合わせ、最後に軽く蒸気をあてる。
そのたび、あの夜の手紙を思い出す。
レジの下にしまったままの、少し皺になった便箋を。
私はたぶん、これからも何度もまちがえる。
人の気持ちを取り違え、自分の不安を相手に投げ、あとからひどく悔やむのだろう。
性分というのは、そう簡単に直らない。
けれど、まちがえたあとでも、戻れる場所はあるのだと知った。
商店街の朝は、今日も少し早口だ。
魚屋の氷が鳴り、パン屋のシャッターが上がり、総菜屋から湯気が立つ。
私は店先で、アイロンをかけた白いハンカチを畳む。
光に透かすと、まっすぐな折り目が一本、静かに走っている。
向かいの店から母がこちらを見て、顎で合図した。
私は小さく手を上げる。
その仕草ひとつで、胸の奥の、長いことほどけなかった何かが、今日はちゃんと結び直されている気がした。



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