【泣ける話】郵便配達員の娘に母が残した手紙|山あいの町に咲いた菜の花の約束

夢のような田舎道 家族の話

私は、郵便配達員をしている。

赤いバイクに乗って、山あいの町を回る。

春は杉の花粉にまみれ、夏は汗で背中が濡れ、秋は落ち葉で道が滑り、冬は雪にタイヤを取られる。

それでも私は、毎日同じ道を走る。

郵便というものは不思議だ。

たった一枚の紙が、誰かの一日を明るくもするし、暗くもする。

合格通知。

請求書。

孫からの絵葉書。

病院からの封筒。

私はそれらを、なるべく丁寧にポストへ入れる。

届くべきものは、届かなければならない。

そう思っていた。

けれど私は、母からの手紙だけを、長いあいだ受け取り損ねていた。

母は、山あいの町にひとりで暮らしていた。

古い木造の家で、裏には小さな畑があり、春になると菜の花が斜面に広がった。

父が亡くなってからも、母はそこを離れなかった。

「町へ出たら?」

私が言うと、母はいつも笑った。

「ここには、朝の匂いがあるから」

私はその言い方が苦手だった。

朝の匂いなどで、人は暮らしていけない。

病院も遠い。

買い物も不便。

雪が降れば、玄関先まで埋まる。

私は心配しているつもりで、いつも母を責めていた。

「また無理して」

「ちゃんと電話して」

「ひとりで抱え込まないで」

母はそのたびに、

「大丈夫」

と答えた。

その「大丈夫」が、私は嫌いだった。

大丈夫と言われるたび、私は母の外側に置かれている気がした。

郵便配達の途中、私は母の家の前を通ることがあった。

担当区域ではなかったが、山道の抜け道として使うと近かった。

庭に母がいると、軽く手を上げた。

母も手を振った。

それだけだった。

配達中だから。

仕事中だから。

そう言って、私は止まらなかった。

本当は、止まるのが怖かったのだ。

母の背中が少し丸くなっていること。

畑の畝が昔より短くなっていること。

玄関の花が枯れている日が増えたこと。

そういうものを見てしまうと、自分が何もできていないことまで見えてしまう。

だから私は、赤いバイクで通り過ぎた。

母は、便箋をよく使う人だった。

電話より手紙が好きだった。

淡い水色の便箋。

山野草の絵が端に描かれた便箋。

封筒には、いつも少し右に傾いた字で私の名前が書かれていた。

でも、私は返事を書かなかった。

忙しかったから。

そう言えば、いくらか許される気がした。

母から届いた手紙は、たいてい台所のテーブルに積まれたままになった。

「野菜を送ります」

「寒くなりました」

「無理せんように」

そんな短い文章ばかりだった。

私はその短さを、寂しいと思うより先に、面倒だと思った。

どう返せばいいか分からなかったのだ。

返事を書くというのは、相手をちゃんと見ていると知らせることだ。

私は母を見ているつもりで、実は見ることから逃げていた。

ある年の秋、母と大きくすれ違った。

きっかけは、一本の電話だった。

母が言った。

「日曜日、少し帰ってこられる?」

私はその日、同僚の代わりに休日配達に入っていた。

「無理。仕事」

「少しだけでいいんだけど」

「だから無理だって。何か急ぎ?」

電話の向こうで、母は黙った。

数秒だけ。

その沈黙に、私は苛立った。

「言わないなら分からないよ」

母は小さく笑った。

「ううん。大したことじゃない」

私はその言葉を、そのまま受け取った。

大したことじゃないなら、行かなくていい。

そう思った。

母の「大したことじゃない」は、昔からそうだった。

熱があっても、大したことじゃない。

腰が痛くても、大したことじゃない。

ひとりで雪かきをしても、大したことじゃない。

そして私はそのたびに、安心したふりをした。

本当は、安心したかっただけだった。

母が大丈夫なら、私は悪くない。

母が大したことじゃないと言うなら、私は行かなくていい。

そんな卑怯な許しを、母の言葉から勝手にもらっていた。

日曜日、私はいつものように郵便を配った。

山道では、風が冷たかった。

配達先の一軒で、おばあさんがポストの前に立っていた。

「今日は孫から来とらんけ」

そう聞かれた。

私は束を確認し、

「今日はないですね」

と答えた。

おばあさんは、

「そうけ」

と言って笑った。

その笑い方が、少し寂しかった。

私はその寂しさを見なかったことにして、またバイクに乗った。

人の待つ手紙は大事にするのに、母が私を待っているかもしれないとは考えなかった。

母の家の前を通ったとき、庭に母はいなかった。

玄関先に、青い封筒が一通、置かれているのが見えた。

風で飛ばされないように、小石がのせてあった。

私は一度、バイクを止めかけた。

けれど配達が遅れていた。

あとで寄ればいい。

そう思って、通り過ぎた。

その「あとで」は、来なかった。

夕方、母が倒れたと連絡があった。

近所の人が見つけてくれたらしい。

病院へ行ったとき、母は白いベッドの上で眠っていた。

意識はあったが、声は弱かった。

「ごめんね」

母は私を見るなり、そう言った。

私は腹が立った。

謝られると、こちらが悪い人間になる。

「なんで電話でちゃんと言わなかったの」

母は困ったように笑った。

「言ったら、あんた仕事休むやろ」

「休むよ。娘なんだから」

「だから、言えんかった」

その言葉が、私には拒絶のように聞こえた。

母は最後まで、私を頼らないのだ。

私は郵便を届ける仕事をしているのに、母は自分の困りごとだけ、私に届けようとしなかった。

母はそのまま入院した。

命にすぐ関わるものではないと言われたが、年を取った体には、十分大きな出来事だった。

私は仕事帰りに病院へ寄った。

母はいつも、

「無理しなくていい」

と言った。

私はそれを聞くたび、少しずつ傷ついた。

無理しなくていい。

来なくていい。

必要ない。

私の中で、母の言葉は勝手に形を変えていった。

ある夜、母が言った。

「玄関の封筒、持ってきてくれた?」

私は思い出した。

青い封筒。

小石の下の封筒。

「あれ、何?」

「便箋」

「誰に?」

母は少し間を置いた。

「あんたに」

私は黙った。

「まだそこにあると思う」

「なんで郵便で出さなかったの」

母は笑った。

「配達員の娘に出すの、なんだか変やろ」

そんな冗談めいた言い方をされたせいで、私はまた素直になれなかった。

「直接渡せばよかったじゃん」

母は目を伏せた。

「直接だと、言えんことがある」

そのとき私は、母の言葉の意味を考えなかった。

考える余裕がなかった。

ただ、また隠された、と思った。

それでも翌日、私は母の家に寄ろうとした。

けれど大雨で山道が通行止めになった。

その翌日は、職場で人手が足りなかった。

私はまた思った。

あとで。

母は待ってくれる。

母はいつも待ってくれる。

それが、いちばん残酷な甘えだったと、今なら分かる。

数日後、母は静かに亡くなった。

急変だった。

私は最後に間に合わなかった。

郵便の仕分け中だった。

電話に出たときには、もう遅かった。

人の大切な知らせを毎日運んでいる私が、自分の母の最後の知らせだけ、受け取れなかった。

葬儀のあと、私は母の家へ行った。

山あいの町には、雪の匂いが近づいていた。

庭の菜の花はもちろん無く、畑には枯れた茎だけが残っていた。

玄関先に、青い封筒があった。

雨に少し濡れ、端が波打っていた。

それでも小石の下で、ちゃんと待っていた。

私は震える手で封を開けた。

中には、水色の便箋が三枚入っていた。

母の字だった。

「あなたへ」

最初の一行で、涙が落ちた。

「いつも手紙を出してごめんね。返事がほしかったわけではありません。ただ、あなたのポストに私の字が少しでも届けば、まだ親子でいられる気がしました」

私は玄関に座り込んだ。

郵便受けの中ではなく、玄関先で待っていた手紙。

母の最後の便箋は、配達されなかったのではない。

私が受け取るまで、そこにいてくれたのだ。

「あなたが郵便配達員になったと聞いた日、とても嬉しかったです。あなたは小さい頃から、落とし物を見ると必ず拾って届ける子でした。自分のものではない悲しみまで、よく拾っていました」

便箋の端が、涙で滲んだ。

「だから私は、あまり頼りすぎないようにしました。あなたは頼られると、自分を削ってでも走ってくる子だから」

私は息を詰めた。

母は私を遠ざけていたのではなかった。

私が自分を削りすぎないように、距離を測っていたのだ。

二枚目には、あの日曜日のことが書いてあった。

「本当は、菜の花の種を一緒にまいてほしかったのです。来年の春、私が見られなくても、あなたがこの道を通ったとき、黄色い花が咲いていたらいいと思いました」

私は声を上げて泣いた。

大したことじゃない。

母はそう言った。

でも大したことだった。

母は、自分がいなくなったあとの春を、私に渡そうとしていたのだ。

「種は台所の引き出しにあります。小さな茶色い封筒です。まけなかったら、捨ててもいいです。でも、できれば道の端に少しだけ」

私は立ち上がり、台所の引き出しを開けた。

そこには本当に、小さな茶色い封筒があった。

母の字で、

「春へ」

と書いてあった。

私はその場でまた泣いた。

母は最後まで、私に用事ではなく、季節を残そうとしていた。

三枚目は、短かった。

「約束してください。私の手紙を、返せなかった手紙にしないでください。あなたが誰かに届ける一通一通を、少しだけ私への返事にしてください」

最後に、こう書いてあった。

「山道で私の家の前を通るとき、急いでいても、春だけは少し速度を落としてね。菜の花は、走る人にも見えるように咲きます」

私は便箋を胸に抱いた。

母は、私に謝らせるために手紙を書いたのではなかった。

私を縛るためでもなかった。

母は、私がこれからも走っていけるように、道の端に小さな灯りを植えようとしていた。

その年の冬は、いつもより雪が深かった。

春が来るのか疑いたくなるほど、山は白かった。

それでも三月の終わり、私は母の家へ行き、茶色い封筒を開けた。

菜の花の種は、思っていたより小さかった。

こんな小さなものに春が入っているのかと思うと、少し馬鹿らしく、少し泣けた。

私は道の端にしゃがみ、土をならした。

うまくまけたかどうか分からない。

母なら笑っただろう。

「雑やね」

そう言って、あとから直してくれただろう。

でも母はいない。

私はひとりで、種をまいた。

「約束する」

声に出すと、山に吸われた。

翌年の春、母の家の前に菜の花が咲いた。

全部ではなかった。

まばらだった。

けれど黄色い花が、山風に揺れていた。

まるで母が、小さく手を振っているようだった。

私は配達の途中、その前でバイクを止めた。

郵便バッグから、配達物を取り出した。

その中に、子どもの字で書かれた手紙があった。

町を出た孫から、祖母へ。

私はそれを、近くの家のポストへ入れた。

いつもより、少し丁寧に。

母への返事のように。

今も私は、山あいの町を走っている。

雨の日も、雪の日も。

届くべきものが、届くように。

けれど前より少しだけ、急がなくなった。

ポストの前で待っている人の顔を、想像するようになった。

封筒の中に入っている、言えなかった言葉の重さを、少しだけ考えるようになった。

母の青い便箋は、今も私の鞄の内ポケットに入っている。

配達中、疲れたとき、そっと触れる。

紙はもう少し柔らかくなり、折り目も弱くなった。

それでも、母の字は残っている。

春になると、私は母の家の前で速度を落とす。

菜の花が咲いている。

黄色い小さな花が、山道の端で揺れている。

私は声には出さずに言う。

届いてるよ。

今度は、ちゃんと。

そして、その返事を届けるように、また赤いバイクを走らせる。

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