2026-08

家族の話

【泣ける短編】病気を隠した母が問診票の裏に残した言葉

母が書いた問診票の裏【改稿版】母の病気を知ったのは、私が患者に「痛みを隠さないでください」と説明している最中だった。廊下を通り過ぎた車椅子に、母が乗っていた。頬は痩せ、膝には見覚えのある灰色のひざ掛けが掛かっていた。母は私と目が合うと、叱られた子どものように顔を伏せた。私は病院で理学療法士をしている。人の歩き方を見れば、どこをかばい、どの筋肉が弱っているか、おおよその見当がつく。
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【泣ける短編】亡き祖父が残した最後の靴音

祖父が亡くなったあと、私は病院のリハビリ室で、彼の最後の靴音を聞いた。右足を引きずる音。杖が床をたたく音。苦しそうな息。それから、子どものように弾んだ声。「今日は、三歩じゃ」その録音を聞くまで、私は祖父が私を嫌っているのだと思っていた。私は雪の多い町の総合病院で、看護師をしている。
家族の話

【泣ける短編】亡き母が残した「帰りの切符」

母が死んだ翌朝、私は駅の落とし物保管庫で、自分の名前が書かれた荷札を見つけた。《拾得物――帰りの切符》《持ち主――私の息子》母の字だった。切符の日付は、二十四年前。私が故郷を捨てた日である。もっとも、故郷を捨てたなどと言えば、いくらか勇ましく聞こえる。本当は、故郷のほうから捨てられたと思い込み、逃げただけなのだ。
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祖母の財布に残った八十六円

祖母の財布を拾ったのは、閉店前の値引きシールを貼り終えたあとだった。総菜売り場の隅に、茶色い財布が落ちていた。角は白く剝げ、壊れた留め具には赤い糸が巻かれている。見間違えるはずがなかった。祖母の財布だった。中に入っていたのは、十円玉が八枚、一円玉が六枚。合わせて八十六円。
泣ける話

【泣ける短編】亡き恩師から届いた最後の手紙

私は手紙を届ける仕事をしながら、自分宛ての手紙だけは、ひどく恐れていた。もっとも、四十二歳の独り身の男に、わざわざ便箋を埋めてくれる物好きなど、もうこの世には一人もいないと思っていた。故郷の商店街へ戻り、配達員になって三年が過ぎていた。昼間でも薄暗いアーケードには、錆びた看板と閉じたシャッターが並んでいる。昔は魚屋だった店の軒先で猫が眠り、風が吹くと、古い値札だけが人間の代わりに揺れた。
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終電のあと、母から届いたLINE

母からLINEが届いたのは、終電が出る一時間前だった。「今夜、駅で少し会えませんか」私は画面を伏せた。駅前のコンビニは、終電前だけ、この町でいちばん忙しい場所になる。缶ビールを買う会社員。充電器を探す若者。値引き弁当を二つ抱えた、私によく似た疲れた男。返信する暇がない、と思った。
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【泣ける短編】祖父の遺品に残された通帳|役所職員が受け継いだ本当の財産

祖父が亡くなった朝、私は市役所の福祉窓口で、一人の老人に申請書を返していた。「ここに印鑑が必要です。それから、通帳の写しも添えてください」老人は耳が遠いらしく、私の説明を聞くたびに、何度も顔を近づけた。後ろには順番を待つ人が並んでいた。私は時計を見た。