【泣ける短編】塾講師の僕が、父の手帳で知った最後の約束

幻想的な夜の街並み 泣ける話

郊外の駅前は、夜になると少しだけ寂しい顔をする。

昼間は自転車のベルやバスの音でにぎやかなふりをしているくせに、終電が近づく頃には、シャッターの下りたパン屋も、古い時計台も、みんな黙り込む。

私はその駅前の雑居ビルで、塾講師をしている。

中学生に国語を教えている。

「文章は、書いてあることだけを読んではいけない」

私はよく生徒にそう言う。

言葉の裏を見ること。

沈黙の意味を考えること。

そう偉そうに教えながら、私はいちばん近くにいた父の沈黙を、最後まで読めなかった。

父は、いつも忙しい人だった。

朝は駅前の弁当屋で仕込みをし、昼は配送の仕事をし、夜は駐輪場の見回りをしていた。

子どもの頃、私が何かを頼むたび、父は決まって同じ言葉を口にした。

「悪い。今、忙しい」

授業参観の日も、運動会の日も、高校受験の合格発表の日も、父は来なかった。

来られなかったのだと、今なら分かる。

けれどその頃の私は、来ないことと、来たくないことの違いが分からなかった。

いや、分かりたくなかったのだ。

父に愛されていないと思えば、自分の寂しさに形がついたからである。

小学生の頃、一度だけ父と約束したことがある。

駅前のラーメン屋だった。

私は学校の作文で、「困っている子に勉強を教えられる先生になりたい」と書いた。

父はその作文を読み、珍しく笑った。

「先生になったら、父さんが一番前で授業を聞く」

私は照れくさくて、ラーメンの湯気の向こうで笑った。

「寝るなよ」

「寝ない。ちゃんと聞く」

それは、父と交わした数少ない約束だった。

けれど父は、その後も私の学校行事にほとんど来なかった。

約束なんて、父にとってはその場しのぎの言葉だったのだ。

私はそう思うようになった。

大学を出て、教員採用試験に落ちた。

私は逃げるように塾講師になった。

それを父に伝えたのは、駅前の駐輪場だった。

父は自転車の列を直していた。

「塾で教えることになった」

「そうか」

それだけだった。

「それだけ?」

私が言うと、父は少し困った顔をした。

「忙しくなるな」

その言い方が、私はたまらなく嫌だった。

祝ってくれているのか。

心配してくれているのか。

それとも、また忙しさを言い訳にするつもりなのか。

私は勝手に苛立った。

「父さんみたいにはならないよ」

言ってしまった。

「忙しいって言って、大事なことを全部後回しにするような人間にはならない」

父は何も言わなかった。

ただ、胸ポケットから古い黒い手帳を出し、何かを確認して、またしまった。

その背中を見て、私は勝ったような気でいた。

実に小さい勝利だった。

それから父とは、あまり話さなくなった。

私は毎晩、生徒に授業をした。

受験の不安で泣く子もいた。

家では強がっているのに、塾の廊下でだけ弱音を吐く子もいた。

私はそんな子に向かって、「大丈夫、分かるまでやろう」と言った。

その言葉だけは、自分でも少し好きだった。

けれど、その言葉を父に向けたことは一度もなかった。

ある夜、授業のあと、窓の外に父に似た人影を見た。

駅前の電柱のそばだった。

作業着姿で、こちらを見上げているように見えた。

私はすぐにカーテンを閉めた。

会いに来たなら入ってくればいい。

そう思った。

本当は、入ってこられたら困るくせに。

父が倒れたのは、冬の終わりだった。

駅前の駐輪場で、朝の見回り中だったという。

病院に着いた時、父はもう眠るように息を引き取っていた。

あまりに静かで、私は泣く準備もできなかった。

遺品は少なかった。

くたびれた作業着。

古い財布。

そして、あの黒い手帳。

父の部屋を片づけるのは、私しかいなかった。

母はもういない。

私は畳の上に座り、手帳を開いた。

そこには細かい字で予定がびっしり書かれていた。

弁当屋。

配送。

駐輪場。

家賃。

薬。

米を買う日。

その隙間に、私の名前が何度もあった。

達也、模試。

達也、面談。

達也、塾初日。

達也、二十二時終わり。

私は息を止めた。

さらにページをめくると、父の字で小さく書かれていた。

「十九時半、塾の明かりを見る」

「今日は声が聞こえた気がする」

「生徒が笑っていた。よかった」

私の手が震えた。

父は、来なかったのではなかった。

入ってこられなかっただけだった。

手帳の後ろに、小さなメモが挟まっていた。

紙の端は擦り切れていた。

達也へ。

お前に約束したことを、父さんは守れなかった。

先生になったら、一番前で授業を聞く。

あの日、お前とそう約束した。

父さんは覚えている。

けれど授業参観にも、運動会にも、合格発表にも行けなかった。

忙しかった。

そう書けば、言い訳になるな。

本当は、忙しいという言葉に隠れていた。

何もしてやれない父親が、お前の前に出るのが怖かった。

お前が塾講師になったと聞いた日、本当は嬉しかった。

学校の先生でなくても、お前はちゃんと先生になった。

誰かの分からないに、灯りをつける人になった。

何度か塾の外まで行った。

一番前の席には座れなかった。

でも、駅前の電柱のそばで、窓の明かりを見ていた。

あの明かりの向こうで、お前が誰かに教えていると思うだけで、父さんは少し救われた。

約束は、まだ終わっていない。

もし許されるなら、これから授業をする時、一番前の空席に父さんがいると思ってくれ。

寝ずに聞く。

今度こそ、ちゃんと聞く。

私は手帳を抱えたまま、畳の上で泣いた。

声を出して泣くことはできなかった。

いい大人だ。

先生だ。

泣いてどうする。

そう思えば思うほど、喉の奥が子どもみたいに鳴った。

私は、父が来なかった日ばかり数えていた。

父が来ようとしていた夜を、ひとつも知らなかった。

葬儀のあと、私は手帳を鞄に入れて塾へ行った。

その日の最後の授業は、中学三年生の国語だった。

教室には七人の生徒がいた。

私はいつもより少し早く入り、一番前の空席を見た。

そこに父が座っている気がした。

作業着のまま、黒い手帳を膝に置いて、少し気まずそうに。

「今日は、行間を読む練習をします」

チョークを持つ手が震えた。

けれど声は出た。

授業の終わり、いつも眠そうな少年が質問に来た。

「先生、ここが分かりません」

私は父の手帳に触れた。

「大丈夫。分かるまでやろう」

その言葉を言った時、父との約束が、ようやく少しだけ果たされた気がした。

終電近くの駅前に出ると、冬の風が看板を揺らしていた。

駐輪場には、整えられた自転車の列があった。

私は電柱の前で立ち止まった。

父さん。

今日も、一番前にいてくれたか。

返事はなかった。

けれど、塾の窓に残った明かりが、濡れた歩道に細く伸びていた。

約束というものは、守れなかった人を責めるためにあるのではない。

残された者が、もう一度歩き出すためにあるのだ。

父の手帳は、鞄の中で静かに重かった。

その重さを、私はもう嫌いではなかった。

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