泣ける話

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【泣ける話】バス運転士が聞いた恩師の録音|定期券に残された最後の約束

私は、山のふもとの町でバス運転士をしている。朝は学生を駅まで送り、昼は病院へ行く年寄りを乗せ、夕方には買い物袋を抱えた人たちを住宅地へ帰す。同じ道を、何度も走る。右に曲がる場所も、坂の手前で揺れる段差も、雨の日に滑りやすい白線も、体が覚えている。人を運ぶ仕事だ。けれど私は、自分がどこへ向かっているのか、長いあいだ分からなかった。高校時代、私はよく遅刻した。
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【泣ける話】図書館司書が見つけた恩師の手帳|余白に残されたペンと言葉

私は、図書館司書をしている。本に囲まれて働く、と言えば聞こえはいい。けれど実際は、返却された本を棚へ戻し、予約票を確認し、延滞の電話をかけ、静かにしてくださいと何度も言う仕事である。物語の中にいるような毎日ではない。むしろ、物語から少し外れた場所で、人が本を探すのを手伝っている。それくらいが、私にはちょうどよかった。私は昔から、声が小さかった
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【感動する泣ける短編】老人ホームで見つけた恩師のメモと、介護士の継承の物語

老人ホームの朝は、たいてい名札から始まる。更衣室の薄い鏡の前で制服に袖を通し、胸元の透明ケースに名札を差しこむ。高瀬 真一。黒い字で印字されたその四文字を、私は毎朝、少し他人のものみたいに眺める。三十五にもなって、自分の名前がまだ板についていない、というのは情けない話である。けれど介護の仕事は、不思議とそういうところがある。慣れたはずなのに、今日もまた一から自分を差し出すみたいな気持ちになる。介護士になって七年になる。
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【感動する泣ける話】漁師と恩師、ラジオ投稿文に残された最後の言葉

海というものは、朝よりも、夜明け前のほうが正直だ。まだ空が明るくなりきらない時間、港には言い訳の余地がない。風の向きも、波の癖も、船底にあたる水の重さも、その日の機嫌を隠そうとしない。人間だけが、どうにか言葉でごまかそうとする。私は漁師をしている。父の代から続くような立派な家業ではなく、町の共同船に乗せてもらいながら、ようやく一人前の顔をしているだけの半端な漁師だ。
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【感動する泣ける話】写真館スタッフの私が、母の写真の裏の言葉で知った愛情

商店街というものは、賑やかな顔をしているくせに、夕方になると急に年老いる。昼間は威勢のいい声が飛び交っていた肉屋の前も、豆腐屋の白い暖簾も、薬局の回転灯も、写真館のガラスに映る七五三の見本も、店じまいの気配が混じるころには、みな少しずつ黙りはじめる。その黙り方が、私は好きだった。派手に終わらないもののほうが、信用できる気がするからだ。私は商店街のはずれにある写真館で働いている。カメラマンではない。
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【感動する泣ける話】葬儀社スタッフの私が、祖母の遺品の封筒で知った祈り

雨の匂いというものは、どうしてああも、人を昔へ引きずり戻すのだろう。濡れたアスファルトの冷たい匂い。古い塀にしみこんだ苔の青臭さ。排水溝にたまった花びらが、泥にまじって少し甘く腐っていく気配。そういうものを吸いこむたび、私は決まって、祖母の家へ続く細い路地を思い出す。町はずれの、車もろくに入れないような、曲がりくねった古い道だった。雨の日に二人で歩くには少し狭く、私が大きくなってからは、祖母がいつも半歩だけ前を歩いた。
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手紙・留守電・遺された品が胸を打つ泣ける短編まとめ|あとから届く想いの物語たち

人はときどき、その人がいなくなってから、ようやく気持ちを受け取ることがあります。返せなかった手紙。消せなかった未送信の言葉。古い留守電に残っていた声。しおりや便箋や通帳のような、何でもない遺された品。それらは、ただの物ではありません。その人が言えなかったことや、残していったぬくもりを、時間のあとからそっと運んでくるものです。このページでは、手紙・留守電・遺された品をモチーフにした、泣ける短編をまとめました。
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泣ける話 短編|終電後の駅で知った父の見守りと古い定期券

父が死んでから、私は一枚の定期券を捨てられずにいる。  もちろん、もう使えない。  磁気はとうに抜け、角は擦れて白くなり、裏面には指で撫でたような薄い筋がいくつも残っている。  それでも財布のいちばん奥にしまったままなのは、懐かしいからだけではない。
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泣ける話 短編|母のメモに隠れていた最後の気遣いと白いハンカチ

母が死んだあと、私は白いハンカチを一枚だけ捨てられずにいる。  別に高価なものではない。  市立病院の売店で買った、ごくありふれた綿のハンカチだ。  角に、小さな青い花の刺繍がある。  洗うたび、少しずつやわらかくなって、少しずつくたびれていく。  そういう、生活の中で静かに擦れていく種類の布である。
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中学教師の私が恩師の手紙で知った進路の本音|郊外の駅前で泣ける感動短編

駅前というものは、どこの町でも少しだけ寂しい。 人がいるから寂しいのか、いなくなる場所だから寂しいのか、そのへんはよくわからない。 うちの町の郊外駅もそうだった。 朝は制服の群れと会社員の靴音で騒がしいくせに、昼を過ぎると急に影が薄くなる。 ロータリーの脇に小さなパン屋があり、色褪せた学習塾の看板があり、古いベンチの塗装がところどころ剝げていた。 私はその駅前を、毎日、職場へ向かうために通っている。