泣ける話

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【泣ける短編】父のハンカチと伝言ミス|クリーニング店に残った小さな希望

父が倒れる前日の夕方、私は一枚の白いハンカチを、処分箱へ投げ入れた。商店街の外れにある「白川クリーニング」は、父が四十年守ってきた店だった。今は私が受付に立っている。継いだ、というほど立派な話ではない。東京の会社を辞め、行く場所をなくして戻っただけだ。敗走にも暖簾があれば、家業に見える。
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【泣ける短編小説】理容師と同級生、山頂で果たした30年ぶりの再会

「吉野さん、小さな大会なんですが、出ていただけませんか」写真館の主人は、そう言って壁の時計を見た。理容組合が開く写真技術大会で、店外で働く理容師の腕を一枚の写真で競う。小さく、逃げ口上の立たない大会だった。今日の午後、山頂の気象観測所で撮影するはずだった理容師が、急に来られなくなったという。「予約は四時までです。そのあとは七五三の家族が来ます」秒針が、乾いた音を立てていた。
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『離婚を考える夫婦の再出発|片方の手袋に託した泣ける短編』

「宮野さん、今年の卒業式を手伝ってもらえませんか」小川先生に頼まれたとき、私は冷蔵倉庫の中で、片方だけの手袋をはめていた。右手には荷物を読み取る端末、左手には直人から借りた紺色の手袋。もう片方は五年前、港町でなくした。返そうにも一枚しかなく、捨てようにも妙に温かい。役に立つのか立たないのか分からないところが、近頃の私たち夫婦によく似ていた。私は町外れの物流倉庫で、夜間の仕分けをしている。働きながら町の夜間教室へ通い、高校の課程を終えたのは五年前だった。
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【泣ける短編】訪問看護師の娘が父から預かった合鍵

父の部屋の鍵を開けたのは、二度ある。一度目は、訪問看護師として。二度目は、娘としてだった。父と再会したのは、築四十年を超えるアパートの玄関だった。私が母の旧姓を名乗っていたため、事業所の誰も、父と私が親子だとは気づかなかった。新規利用者の書類には、慢性心不全、独居、身寄りなし、と記されていた。錆びた外階段を上り、呼び鈴を押した。
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最後の給食と古いお玉|十年ぶりの親友との友情を描く感動短編

「捨てるなら、今日ですね」佐伯さんが、流し台の下から一本のお玉を引っぱり出した。柄の木は黒ずみ、先端の金属には小さなへこみが幾つもある。持ち手の裏には、針で引っかいたようなMの字が残っていた。「それは捨てないで」思ったより大きな声が出た。自分でも驚くほどだった。人間というものは、十年間も平然と忘れたふりをしておきながら、お玉一本に正体を暴かれる。
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他人の成功を喜べない旅行代理店員|ライバルと再出発する感動短編

「それ、私の切符ばさみですよね」 誰もいない映画館のロビーで、木田はゆっくり振り向いた。 明日の上映会を待つ赤い座席は扉の向こうで黙り込み、売店の小窓には季節外れの風鈴が下がっていた。 夜風が入り込み、ちりん、と一度だけ鳴らした。「失くしたんじゃなかったのか」「そう思っていました、十年も」
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【泣ける短編】左足を失った父と作業療法士の娘

父が左足を失った翌日、家の玄関にある黒い革靴を持ってきてくれと言った。「片方だけでいいの」私が尋ねると、父は顔をしかめた。「靴は二つで一足だ」踵の擦り減った、古い革靴だった。右の靴はともかく、もう履く足のない左の靴まで病院へ持ち込む理由が、私には分からなかった。父は昔から言葉が足りなかった。
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【泣ける短編】亡き恩師から届いた最後の手紙

私は手紙を届ける仕事をしながら、自分宛ての手紙だけは、ひどく恐れていた。もっとも、四十二歳の独り身の男に、わざわざ便箋を埋めてくれる物好きなど、もうこの世には一人もいないと思っていた。故郷の商店街へ戻り、配達員になって三年が過ぎていた。昼間でも薄暗いアーケードには、錆びた看板と閉じたシャッターが並んでいる。昔は魚屋だった店の軒先で猫が眠り、風が吹くと、古い値札だけが人間の代わりに揺れた。
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【号泣・短編小説】保育士の私が父の「歪な手縫いの名札」で愛に気づいた理由

私は、子どもを愛してなどいない。そんな恐ろしい告白をすれば、世間は私を冷酷な人間だと罵るだろう。あるいは、職業倫理に欠ける恥知らずだと石を投げるかもしれない。けれど、ひよこのアップリケが縫い付けられたパステルカラーのエプロンをまとい、園児たちの前で大仰な裏声を張り上げている私の内臓は、とうの昔にひからびている。私はただ、毎月の給料と、「優しくて立派な保育士さん」という薄っぺらな社会的体裁のために、心を持たないからくり人形のように微笑み続けているに過ぎない。
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【泣ける短編】父の弁当箱に残されたメモ|工場で働く親子のすれ違いと和解

父が倒れた日の昼、私は工場の休憩室で、空の弁当箱を開いていた。黒いプラスチック製の、百円ショップで買った箱だった。食べ終えたのではない。朝、寝坊をして、何も詰められなかったのだ。それでも同僚に金がないと思われるのが嫌で、私は空の箱を箸でつつき、もう食べ終えたような顔をしていた。人間は腹が減ると正直になる、というのは嘘である。