泣ける話 短編|祖母の伝言メモと切符がくれた最後の救い

夕暮れの村と山の景色 家族の話

祖母が死んだあと、私は古い切符を捨てられずにいる。

 

 財布の内側、透明な小さな仕切りの奥に、それはずっと入ったままだ。

 

 もう色も褪せて、角も少しやわらかくなっていて、駅員に見せたら笑われるだろうと思う。

 

 いまどき紙の切符そのものが珍しいのに、それがさらに、何年も前に廃止された町内循環バスの回数券の切れ端なのだから、なおさらである。

 

 けれど私には、それがただの紙切れには思えない。

 

 重さのないものほど、人を深く沈めることがある。

 

 山あいの町で、私はバス運転士をしている。

 

 町、と呼ぶには少し気恥ずかしいくらい、小さな土地だ。

 

 駅前に古びたロータリーがあって、郵便局と信用金庫と薬局が肩を寄せ合い、そこから先は道が川に沿って細くのび、田んぼと民家と山の影ばかりになる。

 

 冬になれば雪に音が吸われ、春は畦道から湿った土の匂いが上がり、夏は停留所の屋根を蝉の声が叩き、秋は夕方のバスの窓まで赤く染まる。

 

 私は毎日、その同じ道を走っている。

 

 始発では病院へ通う老人を乗せ、昼には高校生を運び、夕方には買い物袋を提げた女たちを駅へ戻す。

 

 同じ道を走っているのに、同じ日というものはひとつもない。

 

 人の乗り方が違うからである。

 

 疲れている人は手すりの持ち方が重いし、嬉しいことのあった人は降りるときの背中が少し軽い。

 

 長くこの仕事をしていると、顔より先に靴音でその日の機嫌がわかることもある。

 

 だから私は、町を出損ねてこの仕事をしているのだと、長いこと自分に言い聞かせていたくせに、ほんとうは嫌いになりきれなかった。

 

 祖母は、そのことを最初から見抜いていた人だった。

 

 私の祖母は、少しずれた人である。

 

 いや、正確に言えば、何をするにも半歩だけ遅く、少しだけ言葉が足りず、けれど不思議と、その不足が人を安心させるような人だった。

 

 味噌汁はたいてい少し薄い。

 

 煮物はたいてい少し甘い。

 

 話はたいてい途中で横道へ逸れる。

 

 誰かに電話をかけると、用件より先に天気の話をして、肝心のことを最後に言うものだから、聞くほうはいつも妙な緊張を強いられた。

 

 けれど、私はその祖母に育てられた。

 

 母は私を生んでまもなく病気で死に、父は長距離トラックの仕事で家を空けがちだったから、家のなかでいちばん近い大人が祖母だったのである。

 

 祖母は字を書くのがあまり得意ではなかった。

 

 漢字はすぐに諦め、ひらがなで押し通し、字の大きさも行の高さもばらばらで、見ようによっては小学生のメモみたいだった。

 

 それでも祖母は、何かあるたびによくメモを書いた。

 

 買うもの。

 

 忘れてはいけないこと。

 

 誰それから電話があったこと。

 

 味噌が切れそうなこと。

 

 仏壇の花を替えること。

 

 それらを台所の電話機の横のメモ帳へ、鉛筆で丸く記した。

 

 私は子どものころ、そのメモを見るのが好きだった。

 

 祖母の字には、声が残っていたからである。

 

 読んでいると、紙の上の線がそのまま祖母の口調になる。

 

 字が下手なくせに、気持ちだけは妙によく伝わる。

 

 そういうところも、祖母という人らしかった。

 

 私がバス運転士になったとき、祖母はずいぶん喜んだ。

 

 けれどその喜び方も、少し妙だった。

 

 普通なら「おめでとう」とか「よかったね」とか、そういうことを言うものだろうに、祖母は私の制服姿を見るなり、しみじみとこう言ったのである。

 

 「まことは、人をちゃんと連れて帰る顔をしてる」

 

 私はそれが少し気に入らなかった。

 

 褒められているような、そうでもないような、曖昧な言い方だったからだ。

 

 第一、顔で仕事が決まるものかと思った。

 

 だから私は「何それ」と笑って受け流した。

 

 祖母はそれ以上、説明しなかった。

 

 言葉の足りない人は、だいたい説明を諦めるのが早い。

 

 祖母もそうだった。

 

 ただ、それからも折にふれて、私が夜勤明けで帰れば「無理して飛ばすんじゃないよ」と言い、休日に疲れた顔をしていれば「お客さんは急ぐけど、命はもっと急がんからね」と言った。

 

 若いころの私は、そういう言葉を、年寄りのありふれたお節介だと思っていた。

 

 大した意味もない、年齢相応の口癖だと思っていたのである。

 

 人の言葉の重さというものは、こちらに受け取る準備ができるまで、たいてい軽くしか聞こえない。

 

 祖母が弱ってきたのは、私が三十五を過ぎたころだった。

 

 膝が悪くなり、買い物へ行く足が遅くなった。

 

 それでも口だけは達者で、夜勤明けの私に「また寝不足の魚みたいな顔してる」と笑った。

 

 私は「うるさいよ」と返した。

 

 そういうやりとりが、いつまでも続くものだと思っていた。

 

 人は、続いているものほど、終わりを考えない。

 

 だから雑に扱う。

 

 少しくらいきつく言っても、明日になれば元に戻ると思ってしまう。

 

 あの日も、そうだった。

 

 春先の冷たい雨の日で、道は混み、営業所には濡れた制服の匂いがこもっていた。

 

 私は夕方の便を終えて戻り、点呼の書類に判を押していた。

 

 そのとき若い事務員が、何気ない顔で言った。

 

 「佐原さん、おばあさんから電話ありましたよ」

 

 私はペンを止めた。

 

 祖母が営業所に電話をかけてくることは、たまにあった。

 

 たいていは、帰りに牛乳を買ってきてほしいとか、仏壇のろうそくを忘れないでとか、そういう小さな用事である。

 

 「何だって」

 

 事務員はメモを見ながら言った。

 

 「明日の朝、役場へ行くから、その帰りに駅前の和菓子屋で“きっぷ”を買ってきてほしいそうです」

 

 「切符?」

 

 「はい。きっぷ、って」

 

 私は眉をひそめた。

 

 役場の帰りに、和菓子屋で、切符を買う。

 

 どう考えても話がつながらない。

 

 その日私は疲れていたし、雨で気持ちもささくれていた。

 

 だから、本来なら笑って聞き返せばすむだけのことを、私は苛立ちに変えてしまった。

 

 「また伝言がぐちゃぐちゃなんじゃないの」

 

 事務員は少し困ったように、「でも、ちゃんとメモしました」と言って運行表の隅を見せた。

 

 そこには丸い字で、

 

 あした あさ やくば。かえりに えきまえ わがしや きっぷ

 

 と書いてあった。

 

 祖母の話し方をそのまま写したような、頼りない文だった。

 

 私はその字を見た瞬間、胸のどこかがかえって荒れた。

 

 こんな伝言で、わかるものかと思ったのである。

 

 家に帰るなり、私は祖母に言った。

 

 「電話するなら、ちゃんと伝わるように言ってくれよ」

 

 祖母は炬燵に入ったまま、顔を上げた。

 

 「え?」

 

 「営業所に電話したんだろ。

 

 明日、和菓子屋で切符買ってきてって。

 

 そんなわけわからない言い方されても困るんだよ」

 

 祖母はしばらく黙っていた。

 

 それから、ああ、というふうに小さく頷いた。

 

 「あれは、きっぷじゃなくて、きびもち」

 

 私は思わず口をつぐんだ。

 

 「駅前の和菓子屋さんの、きびもち。

 

 あれ、おまえ好きだったろう」

 

 そこでやめておけばよかったのに、私はやめられなかった。

 

 疲れている人間は、間違いを認めるかわりに、相手をもうひとつ傷つけて帳尻を合わせようとすることがある。

 

 「紛らわしいんだよ、そういうの」

 

 祖母の口元から、かすかな笑いが消えた。

 

 私はさらに言った。

 

 「こっちだって仕事中なんだ。

 

 毎回毎回、何言ってるかわからない伝言されても困る」

 

 祖母は少しだけ目を伏せた。

 

 怒りもしなかったし、言い返しもしなかった。

 

 ただ、

 

 「そうかい」

 

 とだけ言った。

 

 その言い方が静かすぎて、かえって私の胸に残った。

 

 けれど私は、その場で謝らなかった。

 

 階段を上がる途中で、言いすぎたとは思った。

 

 きびもちが切符に聞こえたくらいで、そんなふうに責める必要はなかった。

 

 けれど、明日の朝にでも買って帰れば、それで元に戻ると思ったのである。

 

 人は、明日があると思っているとき、今日の失礼を平気で先送りにする。

 

 翌朝、祖母は起きてこなかった。

 

 布団のなかで、静かに息を引き取っていた。

 

 医者は、苦しまなかったでしょう、と言った。

 

 そんなことを言われても困る、と私は思った。

 

 苦しかったかどうかより、私の最後の言葉があれだったことのほうが、ずっと苦しかったからだ。

 

 紛らわしいんだよ。

 

 何言ってるかわからない。

 

 あんなものが、祖母に向ける最後の言葉であってよいはずがなかった。

 

 葬儀が終わって親戚が帰り、線香の匂いだけが家に残るころ、私は台所の電話機の横にあるメモ帳を手に取った。

 

 祖母の字が何ページも残っていた。

 

 ねぎ

 

 とうふ

 

 みそ すこし

 

 みかん たべすぎない

 

 死んだ人の字というものは、どうしてあんなに平然としているのだろう。

 

 書いた本人だけがいなくなって、用事だけがまだこの世に残っている。

 

 私はページを繰りながら、途中で一枚だけ切り取られた跡に気づいた。

 

 妙に気になって、電話台の下や棚の隙間を探すと、四つ折りの紙が落ちていた。

 

 開くと、祖母の字でこう書いてあった。

 

 あした ことばが ちゃんと つたわるように

 

 えきまえで きびもち

 

 それから これを わたす

 

 そして紙には、小さな切符が挟んであった。

 

 廃止された町内循環バスの、古い回数券の一片だった。

 

 裏を見ると、さらに小さな字で、

 

 はじめて ひとりで のれたひの きっぷ

 

 とあった。

 

 私はその場にしゃがみこんだ。

 

 しばらく意味がわからなかった。

 

 けれど次の瞬間、胸の奥で古い景色がひらいた。

 

 小学校へ上がる前の春、私は一度だけ、祖母に付き添われずに一人で町内バスへ乗ったことがある。

 

 営業所の見学会のような催しがあって、制服姿の運転士が子どもを迎えてくれる日だった。

 

 私は怖くて、停留所で半べそをかいていた。

 

 そのとき祖母は、私の目線までしゃがみこみ、手の中の切符を握らせて言った。

 

 「だいじょうぶ。

 

 この人たちは、ちゃんと降りるところまで連れていってくれる」

 

 私はその言葉を、すっかり忘れていた。

 

 祖母は忘れていなかったのである。

 

 しかも、その切符をずっと持っていた。

 

 その紙の下には、さらに続きがあった。

 

 まことは むいてると おもう

 

 ひとを はこぶのでなく

 

 つれてかえる しごと

 

 私はその文を読んだ瞬間、声が出た。

 

 きれいな泣き方ではなかった。

 

 喉が先に詰まり、息の仕方がわからなくなって、台所でみっともなく崩れた。

 

 祖母は、あの日、ただきびもちを頼みたかったのではない。

 

 伝言がうまく伝わらなかったことを、自分で気にしていたのだ。

 

 だから翌日、言い直すつもりだった。

 

 駅前の和菓子屋で私の好きなきびもちを買い、それと一緒に、その切符を渡すつもりだった。

 

 たぶん照れくさかったのだろう。

 

 だから正面から「おまえはこの仕事に向いているよ」とは言えず、きびもちなんかを間にはさんで、遠回りに渡そうとしていた。

 

 祖母らしい、下手なやさしさだった。

 

 そして私は、その不器用さを、ただの煩わしさだと思って突き放したのだった。

 

 人の愛情というものは、ときどき驚くほど伝わりにくい形をしている。

 

 こちらが若く、忙しく、思い上がっているほど、それを雑音にしか聞けないことがある。

 

 悲しいのは、そうして聞き損ねたものの意味がわかるころには、もう相手がいないことだ。

 

 それから私は、その切符を財布に入れて持ち歩くようになった。

 

 誰にも見せない。

 

 見せたところで、古い紙切れにしか見えないだろう。

 

 けれど始発前、まだ薄暗い営業所で運転席に座るとき、それが財布の中にあるだけで、少し背筋が伸びる。

 

 雨の日も、雪の日も、山道で鹿が飛び出す日も、私は前より少しやさしくブレーキを踏むようになった。

 

 急いでいる高校生も、病院帰りの老人も、酔ってうつむく男も、みんな誰かのいる場所へ戻る途中なのだと思うようになった。

 

 私は人を運んでいるのではない。

 

 連れて帰っているのだ。

 

 ある秋の夕方、小さな男の子が母親と二人で乗ってきた。

 

 男の子は降りるとき、整理券を握りしめたまま、私を見上げて言った。

 

 「ありがとう」

 

 その母親も、少し照れくさそうに頭を下げた。

 

 私はドアを閉めてから、すぐに発車できなかった。

 

 祖母の声が、耳の奥でひらいた気がしたからである。

 

 ちゃんと連れて帰る顔をしてる。

 

 あのとき意味のわからなかった言葉が、ようやく胸のなかで形を持った。

 

 私はハンドルに手を置いたまま、ひとつ深く息をした。

 

 山の夕暮れは早い。

 

 光はすぐ細くなり、道は影から冷えていく。

 

 その薄暗い道を、バスは今日も同じように走る。

 

 けれどもう、前とまったく同じではない。

 

 最後の言葉を取り消すことはできない。

 

 祖母に謝ることも、もうできない。

 

 それでも、祖母が渡そうとしてくれたものは、たしかに私の手に届いた。

 

 遅れて届いたやさしさは、間に合わなかった悔いを消してはくれない。

 

 ただ、その悔いと一緒にこれからも生きていけるくらいには、胸の中を静かにあたためてくれる。

 

 終点に着き、誰もいなくなった車内で、私は制服の胸ポケットにそっと触れた。

 

 切符の角が、布越しに確かに指へ当たった。

 

 それだけで、不思議と帰る場所がまだある気がした。

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