忙しい母がレシートの裏に残した一言で、私は泣いた

夜の商店街の静けさ 泣ける話

商店街の朝は、いつも少しだけ戦場に似ている。

シャッターが半分ずつ持ち上がる音。

打ち水のはねる音。

惣菜屋の油が目を覚ます匂い。

八百屋の親父の怒鳴り声みたいな挨拶。

魚屋の氷を砕く音。

そういうものが細い通りの上でいっせいに立ちのぼると、まだ眠りきらない町は、乱暴なくせにどこか人懐こい顔になる。

そのあいだを縫うようにして、私は軽バンで荷物を運ぶ。

宅配の仕事を始めて、もう六年になる。

時間指定に追われ、不在票を書き、再配達の電話に頭を下げ、誰かの今日に間に合わせるために、私は毎日、小さく急いでいる。

急ぐ、というのは不思議なもので、体より先に心がすり減るらしい。

昔はもっと、一軒ずつに人の匂いを感じていた気がする。

玄関の傘立て、犬の声、漂ってくる洗剤の匂い。

そういうもので、その家の気配を勝手に受け取っていた。

けれど今では、荷物番号のほうが先に頭へ浮かぶ。

伝票を見て、名前を見て、インターホンを押す。

ありがとうございます、と言われて頭を下げる。

それだけのことが、忙しさの中ではただの処理になる。

私自身も、何かを届けているというより、流れていくものを追い立てているだけの気がする日がある。

母は商店街で小さな惣菜屋をやっていた。

揚げ物と煮物が売りで、昼時には近所の会社員や年寄りがよく並ぶ。

昔から変わらない店だ。

ガラスケースの曇り方も、壁に貼った値札の丸文字も、少し傾いた換気扇も、何ひとつ立派ではないのに、なぜか客が途切れない。

私は子どものころ、その店が嫌いだった。

油の匂いが服に移るし、友だちに見られるのも気恥ずかしかったし、なにより母がいつも忙しそうだったからだ。

忙しい母は、いつも少し怒っているように見えた。

「あとで」

「今むり」

「それくらい自分でやって」

母の言葉は、だいたいその三つでできていた。

熱を出しても。

運動会でも。

進路の相談でも。

母はエプロン姿のまま、手を止めずにそう言った。

私は長いこと、自分は店に負けているのだと思っていた。

惣菜屋のコロッケや唐揚げのほうが、私より大事なのだと。

若いころの寂しさというのは、ずいぶん乱暴な解釈を平気でする。

それが事実でなくても、一度そう信じると、証拠ばかりを拾い集めてしまう。

たとえば、授業参観に来なかったこと。

たとえば、弁当の中身はちゃんとしているのに、手紙は一度も入っていなかったこと。

たとえば、夜遅く帰っても「ごはん、鍋にあるから」で済まされたこと。

私はそういう一つ一つを、愛情の不足として数えていた。

父が早くに家を出て行ったこともあって、その数え癖はますます強くなった。

高校を出ると、私はほとんど逃げるように家を出た。

就職先も、なるべく実家から離れたところを選んだ。

それでも結局、三十を過ぎてこの町へ戻ってきたのは、母が一人で店を続けていると聞いたからだった。

心配、というには少し遅い。

罪悪感、というには少し身勝手だ。

たぶん私は、母を許せないまま、放っておくこともできなかったのだと思う。

今は仕事の合間に、日に一度は店へ顔を出す。

配達のついでに段ボールを運んだり、米袋を奥へしまったり、足りない釣り銭を崩してきたりする。

母は相変わらず忙しい。

六十を過ぎたくせに、朝五時から店へ出て、煮物を炊き、揚げ物を並べ、昼にはレジを打ち、夕方には仕込みをする。

少し背中は丸くなったが、働き方だけは昔のままだった。

「無理するなよ」と私が言っても、「あんたに言われたくない」と返す。

優しい会話というものが、私たち親子にはあまり根づかなかった。

けれど、今にして思えば、母の愛情はずっと言葉より先に手つきに出ていたのかもしれない。

学校から帰ると、売れ残りのコロッケが小皿に二つ置いてあること。

雨の日には、何も言わずに私のタオルが乾いた場所へ移されていること。

風邪をひいた朝だけ、味噌汁の豆腐がいつもより小さく切ってあること。

当時の私は、それを工夫とは思わなかった。

ただの段取り、ただの癖、ただのついでだと思っていた。

人は、欲しかった形で与えられなかったものを、しばらく受け取れない。

ある雨の日の午後、配達の荷物が予定より大きく遅れた。

商店街の入口で工事があり、車が入れず、私は荷物を抱えて何度も往復する羽目になった。

靴下まで濡れて、伝票は湿気でやわらかくなり、スマホには不在着信が三件。

そのうちの二件は客で、ひとつは母だった。

出る暇がなくて、そのままにしていた。

昼過ぎにようやく母の店へ寄ると、母は開口一番こう言った。

「電話くらい出なさいよ」

私はそれで、ぷつりと切れた。

「こっちだって仕事中だよ」

自分でも驚くくらい大きな声だった。

店先で買い物をしていた年寄りが、ちらりとこちらを見た。

母は眉をひそめた。

「仕事中なのは分かるけど」

「分かってないだろ」

私はもう止まれなかった。

「そっちはいつもそうだ。自分が忙しいときは人のこと後回しにするくせに、自分が困るとすぐ電話してくる」

言ってから、ああ、やってしまったと思った。

それは今の話ではなかった。

たぶん二十年分くらい前の話を、私はそのまま口からこぼしたのだ。

母はしばらく黙っていた。

奥で煮物の鍋が小さく鳴っていた。

換気扇の羽が、油を含んだ音で回っていた。

やがて母は、低い声で言った。

「……そう思ってたんなら、もういいわ」

その言い方が、ひどく冷たく聞こえて、私はますます意地になった。

「そう思うしかなかったよ」

本当は、そのあと何か言うべきだった。

言いすぎたとか。

今日は本当に余裕がないとか。

せめて、あとでかけ直すつもりだったとか。

でも私は昔から、本当に必要な一言ほど言えない。

逃げるように店を出て、そのまま夕方まで配達を続けた。

雨はやまず、ワイパーの往復だけがやけに几帳面だった。

配達先のマンションの軒下で、幼い男の子が母親のエプロンを握って立っているのを見た。

母親は荷物を受け取りながら片手で子どもの前髪を払った。

それだけの仕草なのに、なぜか胸がざらついた。

私は署名をもらい、逃げるように車へ戻った。

夜、最後の荷物を届けて車へ乗り込むと、助手席の足元に小さなビニール袋が置いてあるのに気づいた。

昼のあいだに、母が誰かに頼んで入れさせたのだろう。

中には、店のコロッケが二つと、くしゃくしゃになったレシートが一枚入っていた。

私はハンドルに肘をついたまま、しばらくそれを見ていた。

まるで子ども扱いだと思った。

腹も立ったし、情けなくもなった。

けれど腹が減っていたので、結局ひとつ食べた。

冷めていても、ちゃんと母の店の味がした。

甘すぎず、少し胡椒が強い。

昔、学校から帰ると、売れ残りをよく食べさせられた。

私はそれを、余りものを回されているのだと思っていた。

でも、本当はどうだったのだろう。

忙しい手の合間に、私の腹を空かせないよう、取り置いていたのではなかったか。

そう思いかけて、私はすぐに打ち消した。

人は、傷ついた記憶の訂正をそう簡単には許さない。

二つ目のコロッケに手を伸ばしかけたとき、レシートの裏に字があるのに気づいた。

母の字だった。

丸くて、少し急いだ字。

――昼はごめん。

――雨の日はあんた、昔から咳が出るから。

――薬、前の棚。

――コロッケ温める時間なかった。

そこまで読んで、私はもう十分参っていたのに、最後の一行があった。

――あんたが帰るころ、いつも車の音で分かってたよ。

その一文を読んだ瞬間、胸の奥で何かがひっくり返った。

車の音で分かってた。

それだけの言葉なのに、息がうまくできなくなった。

昔、夜遅く部活から帰った日。

就職して、連休でもないのにふらりと家へ戻った日。

玄関を開けると、母はたいてい台所で洗い物をしていて、振り向きもしないまま「おかえり」と言った。

私はそれを、どうでもいい挨拶だと思っていた。

でも違ったのだ。

あの人は、ずっと聞いていたのだ。

店の片づけをしながら。

洗い物をしながら。

眠気と疲れをこらえながら。

私が帰ってくる音を。

待っていた、と言うにはぶっきらぼうで、愛情と呼ぶには不器用すぎるけれど、それでも、あれはたしかに私を迎える耳だった。

レシートを持つ指が震えた。

情けないと思った。

四十にもなって、たったこれだけの裏書きで泣きそうになるなんて。

だが人間は、自分が受け取れなかったと思い込んでいたものを、遅れて受け取るとき、ひどく弱くなる。

私は車の中で、しばらく動けなかった。

フロントガラスを打つ雨が、急にやさしい音に変わった気がした。

そういえば、小学生のころ、一度だけ高熱を出して夜中に咳き込んだことがある。

私は半分眠ったまま、母が台所で大根をおろす音を聞いた。

翌朝、枕元には湯気の立つ汁椀が置いてあった。

私はそれを、たまたま早起きしたついでだと思っていた。

けれど、あれも違ったのかもしれない。

違ったことばかりだったのかもしれない。

私はそのまま実家へ向かった。

店の灯りはもう半分落ちていて、母は一人で床を拭いていた。

私を見ると、一瞬だけ手を止めたが、すぐまたモップを動かした。

「店、閉めたの」

「見れば分かるでしょ」

いつもの調子だった。

それがかえってありがたかった。

私は胸ポケットからレシートを出して、レジ台の上に置いた。

母はちらりと見た。

「ああ、読んだ」

「読んだ」

それだけ言うと、喉が詰まった。

母は困ったように眉を寄せた。

「そんな大げさな顔しないでよ」

「……大げさになるよ」

自分でも驚くくらい、声が子どもみたいだった。

「俺、ずっと、母さんは俺のこと見てないんだと思ってた」

母は何も言わなかった。

ただモップを壁に立てかけ、濡れた手をエプロンで拭いた。

その仕草が、昔と少しも変わっていなかった。

「見てたわよ」

母は当たり前みたいに言った。

「見てる暇なんかない顔してたくせに」

「ないわけないでしょ」

少しだけ、母は笑った。

「忙しいのと、見てないのは違うの」

それから少し黙って、続けた。

「忙しいときほど、ちゃんと見とかないと心配だから」

私はもう駄目だった。

店先の濡れた床も、揚げ物の匂いも、壁の安売り札も、全部が滲んだ。

ああ、と私は思った。

私はずっと、母の忙しさを、愛情の不在だと勘違いしてきたのだ。

でもあの人は、忙しい手のままで、ちゃんとこちらを見ていた。

振り返る余裕がなかっただけで、見失ってはいなかった。

「ごめん」

そう言うと、母は首を振った。

「いいわよ。あんたも忙しいんでしょ」

昔なら、その言い方はまた棘に聞こえただろう。

でも今は違った。

それは突き放しではなく、ようやく同じ場所に立った者どうしの、下手な労りに聞こえた。

私はレジ横の椅子に座って、しばらく泣いた。

母は何も言わず、奥から温め直したコロッケをひとつ持ってきて、黙って皿にのせた。

湯気が立っていた。

ほんの少しだけ、胡椒の匂いが強くなっていた。

「食べな」

私は頷いた。

ひとくち噛むと、昔と同じ味がした。

違うのは、受け取る私のほうだった。

母は向かいの椅子に腰を下ろし、珍しく手を止めた。

それだけで、店の時間が少しだけ緩んだように思えた。

「そういえば」と母が言った。

「小さいころ、あんた、コロッケの端っこばっかり先に食べてた」

私は涙の残る顔で笑った。

「覚えてるの」

「毎日見てたんだから、覚えるわよ」

毎日見てた。

その当たり前の事実が、どうして今まで私には見えなかったのだろう。

忙しい背中しか見ていなかったからだ。

見てくれない、と決めつけることで、自分の寂しさを守っていたからだ。

帰り際、私はレジの横にあった使いかけのレシート束を一枚ちぎった。

その裏に、ボールペンでこう書いた。

――電話出られなくてごめん。
――コロッケ、うまかった。
――今度は温かいうちに食べる。

書いて渡すと、母は目を細めた。

「なにこれ」

「レシートの裏書き」

「けちくさい親子ね」

「似たんだよ」

母は声を立てずに笑った。

その笑い方を見たのは、ずいぶん久しぶりだった。

店を出ると、雨は少し弱くなっていた。

商店街のアーケードに落ちる雫が、ぽつりぽつりと間をあけて響いていた。

私は軽バンに乗り込み、エンジンをかけた。

今夜この音を、母はまた聞くだろうかと思った。

聞いて、ああ帰るな、と思うのだろうか。

そう考えたら、それだけで胸の奥に、小さな灯りがともるようだった。

救いというのは、もっと劇的なものだと思っていた。

抱き合うとか、泣きながら謝り合うとか、そういう派手な奇跡だと。

けれど本当は、レシートの裏のたった数行で、人はやり直せるのかもしれない。

ずっと届かなかったものが、忙しさの隙間から、ようやく手のひらに落ちてくる。

その静かな重みを、私はしばらく両手で抱えていた。

商店街の夜は、昼より少しだけやさしい。

閉まりかけた店々の灯りが、濡れた道に細く伸びていた。

私はその光の上をゆっくり走りながら、胸の中でひとつだけ思った。

明日からもきっと、私たちは上手には話せない。

母は忙しいし、私はすぐ拗ねる。

それでも、もういいのだ。

聞こえなかっただけで、途切れてはいなかったのだと、今は分かるから。

そしてたぶん、届けるということは、荷物を渡して終わることではない。

相手が受け取れる形になるまで、遅れてでも残り続けることだ。

母の愛情は、ずっとそうだった。

声にならず、手を止めず、レシートの裏にまで追いやられながら、それでも消えずに残っていた。

私はハンドルを握りながら、明日もまた誰かの家のチャイムを押すのだろうと思った。

そのとき今日より少しだけ、やさしく荷物を差し出せる気がした。

たった数行の裏書きで、人は案外、生き直せる。

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