泣ける話

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帰る場所の守り

祖母が、お守りを捨てたのだと思っていた。 捨てた、というより、隠したのかもしれないし、あるいは最初から私に返す気などなかったのかもしれない。 けれど十七の私は、そんなふうに丁寧に考えることができなかった。 ただ、奪われた、と思った。 それで十分に傷つけられたし、十分に祖母を恨めた。
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終電のあとで、白い紙は残る

終電のあとというのは、駅がようやく人間の顔をやめる時刻である。 さっきまで改札を抜けていった無数の靴音も、ホームに吸われていったため息も、きれいに引いてしまって、残るのは蛍光灯の白さと、線路の冷たい匂いばかりだ。 私は駅員である。 地方都市のはずれにある、小さな駅で夜勤に入って七年になる。
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春を待つ便箋

雪国の朝は、明るくなるまでに、少し時間がかかる。 空はいつまでも灰色で、町はまだ眠ったままのように静かだ。 私は郵便配達員で、冬になるたび、朝の冷たさにいまだ慣れきれない。 手袋の中で指をこすりながら、赤い配達用バイクのエンジンをかける。 白い息がふっと立って、それだけが、私がちゃんと生きている証拠のように見えた。
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遅れて届いた礼

父が死んだのは、春の終わりだった。 住宅街の街路樹は、何ごともなかったように若い葉をひらいていて、その青さが、かえって腹立たしかった。 人がひとり死んだくらいで季節のほうが立ち止まってくれるわけもないが、それでも私は、そういう当たり前のこと...
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改札の外へ

父がいなくなって、三か月が過ぎた。 いなくなった、という言い方は、少し卑怯かもしれない。 死んだのだ。 ちゃんと、死んだ。
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雪の中の練習曲

祖母が死んだ朝、私は雪かきをしていた。 この土地では、誰かが死んでも雪はきちんと降る。 いや、きちんと、という言い方は少し違うかもしれない。 雪はこちらの事情など知らぬ顔で、いつも通りに空から落ちてくるだけである。
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未送信

母が倒れたと連絡を受けたのは、三者面談の最終日だった。 午後六時を少し回っていた。 職員室の窓の外はもう暗く、校庭の端にある桜の枝だけが、街灯にうすく照らされて白く浮いていた。 私は中学校で国語を教えている。
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潮騒の圏外

離島の夜は、思っているより静かではない。  波の音があるし、風があるし、港に繋がれた船が、眠りの浅い獣みたいに時々きしむ。  それに加えて、民宿というものは、消灯したあとも意外と気配をやめない。  廊下のきしみ、洗面所の蛇口、二階で寝返りを打つ客の布団の音、どこかの部屋で閉め損ねた窓が、風に押されてかすかに鳴る気配。
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しおりの挟まった日々

商店街の朝は、店ごとに違う匂いで目を覚ます。  魚屋は潮の匂いを引きずってくるし、豆腐屋は湯気の中に白い静けさを浮かべている。  八百屋の店先には濡れた段ボールが並び、花屋の前では、まだ半分眠ったみたいな色のカーネーションが水を吸っている。  うちの店――いや、うちのではなく、勤め先の小さな書店は、紙とインクと、少し古びた木の棚の匂いがする。
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波打ちぎわの着信音

海辺の町で配達員をしていると、時間というものが、潮みたいに満ちたり引いたりするのがわかる。  朝はパン屋と魚屋と学校が町を急がせ、昼は少し緩み、夕方になると今度は、仕事帰りの惣菜や、病院帰りの薬や、酒屋の缶ビールが、それぞれの暮らしの重さで人を急かす。  私はその急かされ方に、もうだいぶ慣れてしまった。