泣ける話

紺色のマグカップと、明日の一口

病院の朝は、いつも少しだけ冷たいのです。夜のあいだに拭かれた床は白く光っていて、蛍光灯の下を歩く靴音まで、どこか遠慮がちに響く。そのくせ、ナースステーションの奥ではもう一日分の忙しさが静かに沸きはじめていて、白衣の擦れる音や、カルテをめくる...
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母の眼鏡と、手帳の余白

商店街というものは、夕方になると、急に人の本音に似てきます。昼のあいだは威勢のよかった八百屋の声も、魚屋の包丁の音も、夕暮れが近づくと少しだけやわらぐ。揚げものの油の匂いが通りへこぼれ、花屋の前には水を替えたばかりの冷たい桶が並び、どこかの...
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終電後、祖父の切符を拾った夜

終電が出たあとの駅というのは、昼の駅とはまるで別の顔をしています。人に使われるための場所だったはずなのに、人がいなくなると、急に何かを待つ場所に変わるのです。長いホームの先で風が鳴り、蛍光灯が白々とレールを照らし、ベンチだけが誰かの帰りをまだ信じているように見える。私はその静かな駅を巡回する警備員です。
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春の端まで

父に進路を言えなかったのは、反対されるのが怖かったからではない。本当は、少し違う。反対されるのが怖いというより、反対されたときに、私はたぶん傷ついた顔をするだろうと思っていた。その顔を父に見せるのが、嫌だったのだ。中学校の教師になって十年になる。
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灯の先で書く字

あの子のことを、私は長いあいだ誤解していた。いや、正しく言えば、誤解していたのは、あの子ではなく、私の役目のほうだったのかもしれない。塾講師になって十一年になる。郊外の駅前にある、雑居ビルの三階の小さな進学塾だ。
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置いていかれた時刻

父の腕時計が止まった時刻を、私はまだ知らない。知らないままでいたかったのかもしれない。港町の朝は、いつも少し湿っている。潮の匂いは、洗っても落ちない。黒い礼服の裾にまで、静かにしみ込んでくる。葬儀社に勤めて七年、私は人の最後の支度ばかり覚えて、自分の家のことは少しも分からなくなった。父が死んだのは、二月の終わりだった。
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祖父の財布は、私の明日を守っていた

祖父のことを、私はずっと、けちな人だと思っていた。  言い方は悪いが、ほんとうにそう思っていたのだから仕方がない。  子どもの頃、団地の下の駄菓子屋へ連れて行ってもらっても、「百円までだ」ときっちり言う人だったし、自動販売機の前でジュースをねだれば、「家で麦茶飲めばいい」と真顔で返された。
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先生の余白に、私はいた

恩師のことを、私は長いあいだ、少し苦手だった。  尊敬していなかったわけではない。  むしろ、その逆である。  尊敬していたからこそ、うまく近づけなかった。  学生のころ、私は文学部で、近代日本文学のゼミにいた。
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靴の底のひかり

人を励ます仕事をしているくせに、私は、励まし方が下手だった。  理学療法士になって七年目になる。  病院の回復期病棟で、私は毎日、誰かの「もう無理です」と向き合っていた。  立ち上がる練習。
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定期券のぬくもり

弟とは、もう何年も、ちゃんと話していなかった。  喧嘩別れ、というほど劇的なものではない。  もっと鈍くて、もっとだらしのない断絶だった。  会えば話す。  連絡が来れば返す。  盆や正月には顔も合わせる。  けれど、肝心なところへ来ると、...