古い商店街の写真館で、母の若い頃の写真を見つけた。
私はその顔を、少しだけ知らなかった。
まだ母になる前の、ひとりの女性の顔だった。
父と出会う前。
私が生まれる前。
その写真の中で、母はまっすぐ前を見て笑っていた。
「きれいですね」
そう言うと、店主の老人は懐かしそうに笑った。
「夢があった人だよ」
その言葉に、私は息をのんだ。
母にも、私の知らない夢があったのだ。
妻になる前。母になる前。
ひとりの人として、叶えたかったものがきっとあった。
家に帰ってから、その話を母にした。
母は少しだけ驚いて、それから笑った。
「そんなの、昔のことよ」
そう言いながらも、声はやさしかった。
私は、なぜか泣きそうになった。
親の人生を、子どもは全部知っている気になってしまう。
でも本当は、その人にも長い時間があって、
誰にも言わなかった夢や、諦めたものがある。
写真の中の母は、
今の母と同じようにやさしくて、
今の母より少しだけ遠かった。
その距離に、私は胸を打たれた。
※本作品はフィクションです
心が疲れているあなたへ
身近な人を、知っているつもりになってしまうことがあります。
でも相手の人生に思いを向けたとき、
やさしさは少し深くなるのかもしれません。


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