あの日、母のスマホに残っていたメモを、私は偶然見つけた。
それは買い物リストでも、予定でもなかった。
ただ一行だけ、こう書かれていた。
「今日は、ちゃんと笑えていたかな」
母は、よく笑う人だった。
少なくとも、私の前ではずっとそうだった。
忙しい日も、疲れている日も、
「大丈夫、大丈夫」と言って、いつも明るく振る舞っていた。
でもそのメモを見たとき、私ははじめて思った。
あの笑顔は、本当に大丈夫だったのだろうか。
母が倒れたのは、その一週間後だった。
突然だった。
電話を受けて病院に駆けつけたとき、
母はすでに意識がなかった。
「無理が続いていたんだと思います」
医師はそう言った。
私は、何も気づいていなかった。
見舞いの帰り道、私はあのメモを思い出した。
「今日は、ちゃんと笑えていたかな」
その言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返された。
母は、誰にも弱さを見せなかった。
だから私は、それを「強さ」だと思っていた。
でも違ったのかもしれない。
ただ、誰にも見せられなかっただけだったのかもしれない。
数日後、母は目を覚ました。
まだ言葉は少なかったけれど、
私の顔を見ると、小さく笑った。
そのとき、私ははじめて言えた。
「無理しなくていいよ」
母は少し驚いた顔をして、
それから、ほんの少しだけ泣いた。
私は、その涙を忘れないと思う。
※本作品はフィクションです
心が疲れているあなたへ
誰かの前では元気でいなければいけない、
そう思ってしまうことは少なくありません。
でも、本当は無理をしなくてもいいのかもしれません。
少しだけ弱さを見せることも、
人として大切なことです。
あなたが、ちゃんと呼吸できますように。


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