山あいの町の朝は遅い。
遅い、というのは、太陽が山の向こうからなかなか顔を出さない、という意味でもあるし、人の心が都会ほど器用に目を覚まさない、という意味でもある。
谷あいにたまった霧は、朝になってもしばらく畑の上を離れず、川の音だけが先に目を覚ます。
けれど郵便だけは別だった。
手紙は、書いた人の昨日を抱えたまま、今日じゅうに誰かの胸へ届かなければならない。
のんびりした町でも、そればかりは待ってくれない。
私はこの町で郵便を配っている。
赤いバイクで坂を上り、橋を渡り、霜の残る畑の脇を抜け、古びた木の郵便受けへ、誰かの言葉を差し入れる。
四十三になった今でも、封筒を一通ずつ手に取るたび、少しだけ緊張する。
紙切れ一枚に、人は平気で人生を入れる。
祝福も、請求も、別れも、赦しも。
時には、死に損ねた気持ちまで、たった二、三枚の便箋に押し込める。
私はそれを知っているから、軽く扱えない。
もっとも、自分の家のことになると、その慎重さはひどく鈍るらしかった。
父が倒れたのは、去年の冬だった。
脳の病気だった。
命は助かったが、右手が少し不自由になり、言葉も以前のようには続かなくなった。
もともと無口な人だったから、見た目には、それほど変わらなかった。
ただ、黙り方の質だけが変わった。
昔の父の沈黙は、岩のように固く、そこにたしかな意志があった。
倒れてからの沈黙は、雪に似ていた。
触れれば崩れそうで、何を言い出すか分からないくせに、何も言えないまま積もっていく。
私は実家から車で十五分の古いアパートに住んでいて、仕事帰りに寄っては、買い物袋を置き、薬の数を確かめ、夕飯を一緒に食べることにしていた。
親孝行と呼べるほど立派なものではない。
ただ、放っておくのが心配だったし、父ひとりを家に残しておくことに、妙な後ろめたさがあった。
母は、私が二十歳のときに死んだ。
それ以来、父は父ひとりで、私を育てた。
育てた、といっても、世間で言うような優しい父親ではなかった。
朝は早く家を出て、夜は遅く帰る。
食卓で話すことは少なく、学校の話にも、恋愛の話にも、興味がないような顔をしていた。
運動会にも来なかったし、卒業式の日も、校門の前で煙草を吸っていただけだった。
私は長いこと、父に愛されていないのだと思っていた。
いや、正確には、愛されている証拠をひとつも受け取れなかった、と言うべきかもしれない。
分からないものは、ないのと同じだ。
若いころの私は、そういう短気な絶望を信じていた。
だから父が倒れて、弱った姿を見ても、私は優しくなりきれなかった。
心配はする。
放ってもおけない。
けれどどこかでまだ、昔の寂しさを返してもらっていない気がしていた。
親子というのは、ずいぶん執念深い勘定だと思う。
春の終わりのある日、父の机の引き出しで、一束の便箋を見つけた。
薄いクリーム色の、少し黄ばんだ便箋だった。
整然と重ねられ、輪ゴムで留めてある。
どれも同じ筆跡で、同じ書き出しから始まっていた。
――春樹へ。
私の名前だった。
封はされていない。
けれど宛名はたしかに私で、文面も、まぎれもなく父の言葉だった。
最初は、倒れてからの字の練習か何かだと思った。
言葉が思うように続かなくなった父が、リハビリのつもりで、昔話でも書いているのだろうと。
だが、違った。
一枚目には、私が小学校へ上がった朝のことが書いてあった。
新品のランドセルが大きすぎて、歩くたびに肩が揺れ、門の前で一度だけ振り返ったこと。
泣くものかと歯を食いしばっていたこと。
桜より、おまえの耳の赤さのほうを覚えている、と書いてあった。
二枚目には、中学の部活で負けて帰った夜のこと。
私は何でもない顔をして台所に立ち、冷えた味噌汁をひとりで温め直して飲んでいたらしい。
父はそのとき、居間から新聞をめくるふりをして、私が箸を持つ手だけ見ていたのだという。
三枚目には、母の葬式の夜のこと。
泣かなかった私が、風呂場で声を殺していたこと。
浴室の曇りガラス越しに、しゃがみ込む影だけが見えて、自分は廊下で何もできずに立っていたこと。
父は、見ていたのだ。
見ていないふりをして、ちゃんと見ていた。
しかも、私がもう忘れていたようなことまで、驚くほど細かく覚えていた。
私は畳の上に座り込み、その便箋を何枚も読み返した。
胸の奥がじわじわ熱くなるのに、同時に腹も立った。
なら、どうして渡さなかったのだと思った。
どうして今まで黙っていた。
どうして私は、こんなに長いこと、ひとりで拗ねていなければならなかった。
父はそのとき、縁側で昼寝をしていた。
痩せた肩に薄い毛布をかけ、口を少し開けて眠っていた。
陽に透けたまぶたの薄さが、やけに年寄りじみて見えた。
私は便箋を握ったまま、その寝顔を見た。
起こして問いただしたい気もしたが、怖かった。
そこに何か、私の知らない秘密があるのだと、もう分かっていたからだ。
その夜、夕飯のあと、私は便箋の束を父の前へ置いた。
父はそれを見るなり、顔色を変えた。
変えた、というより、凍った。
山の水たまりが夜の冷えで一瞬にして薄く張るように、表情が固まった。
「これ、何」
私が訊くと、父はしばらく黙っていた。
左手で茶碗を持つ指先が、かすかに震えていた。
やがて父は、掠れた声で言った。
「読んだか」
読んだよ、と私は言った。
それから少し意地の悪い調子で、送る気もない手紙を書いて、何してたの、と続けた。
父は目を伏せたまま、ずいぶん時間をかけて言った。
「約束、したからだ」
私は意味が分からず、聞き返した。
父は何度か息をつぎ、言葉を選ぶみたいに口を開いた。
母が死ぬ少し前、父は母に頼まれたのだという。
春樹がひとりで立てるようになるまで、あまり言葉で甘やかさないでほしい、と。
この子は優しいぶん、人の気持ちを背負いすぎる。
心配だ、かわいそうだ、と言いすぎると、その優しさに溺れるかもしれない。
だから、見ていることも、案じていることも、なるべく口には出さずにいてほしい、と。
そのかわり、言えなかったことは、手紙に書いて残してほしい。
いつか必要な日が来たら、そのとき渡せばいい。
必要な日が来なければ、墓まで持っていけばいい。
そう、母は笑って言ったらしい。
私は、しばらく何も言えなかった。
そんな約束が、この世にあるのかと思った。
優しさを、あえて黙るための約束。
愛していると伝えないことでしか守れないものが、本当にあるのか。
すぐには信じられなかった。
「そんなの、勝手だろ」
気づけば、私は泣く前の子どもみたいな声を出していた。
「俺、ずっと……」
その先が続かなかった。
寂しかったのか。
憎かったのか。
分かってほしかったのか。
たぶん、全部だった。
父はゆっくり顔を上げた。
その目は、年を取った男の目ではなく、叱られている少年のように弱っていた。
「すまん」
たった二文字だった。
父が私に謝ったのを、私はそのとき初めて聞いた。
その一言で、私は駄目になった。
二十年分くらいの勘違いが、胸の中で音を立てて崩れた。
私は便箋を握ったまま、声を出して泣いた。
みっともなく肩を震わせて泣いた。
父は席を立たず、ただそこにいた。
慰めもしなかった。
頭も撫でなかった。
けれど逃げなかった。
私はそのことが、たまらなくありがたかった。
しばらくして、父が言った。
「まだ、ある」
便箋の束のいちばん下に、封のされた一通があった。
表には、私の名前だけが書かれていた。
震える指で開けると、中には短い手紙が一枚入っていた。
――春樹へ。
これをおまえが読む日が、私のあとでも、先でも、どちらでもいい。
人に何かを届ける仕事を選んだと聞いたとき、少し安心した。
おまえは昔から、自分の痛みより、先に人の痛みを見つける子だった。
それでは損をすると思っていたが、その性分で救われる人もいるだろう。
手紙は遅い。
遅いが、急がないぶん、嘘が減る。
おまえが届けるものの中には、祈りも混じる。
雑に持つな。
おまえ自身の心も同じだ。
私は読み終えても、しばらく顔を上げられなかった。
父は、私が郵便配達員になったことを、そんなふうに見ていたのか。
ただ堅い仕事に就いたくらいにしか思っていないと、勝手に決めていた。
知らなかったのは父ではなく、私のほうだった。
窓の外では、山の稜線がもう暗く沈み、町の灯りがひとつずつ点いていた。
その小さな灯りが、谷の底にいくつも浮かんで、まるで誰かの祈りの続きみたいに見えた。
私は手紙を胸に当てたまま、長く息を吐いた。
母のいない二十年のあいだ、父は父なりに、ずっと三人で生きていたのだ。
言葉にしないぶん、便箋に預けて。
たぶん何度も、渡そうとして渡せなかったのだろう。
私がまだ若すぎると思った日もあれば、自分が照れてしまった日もあったに違いない。
倒れてからは、言葉も指も以前ほど自由ではなくなって、なおさら渡し損ねたのかもしれない。
そういう不器用さまで含めて、やっと父を父として受け取れる気がした。
帰り際、玄関で靴を履きながら、私は振り返った。
父は座布団の上で、少し疲れた顔をしていた。
私は言った。
「今度から、たまにはちゃんと言って」
父は困ったように笑った。
「努力する」
それは、ほとんどできないと言っているのと同じだったが、私は笑った。
翌朝、いつものように赤いバイクで山道を上った。
郵便鞄はいつもと同じ重さのはずなのに、不思議と肩は軽かった。
朝の光が、濡れた杉の葉に細かく砕けていた。
私は一通ずつ手紙を配りながら、父の言葉を思い出していた。
手紙は遅い。
遅いが、急がないぶん、嘘が減る。
その遅さに救われる朝も、きっとある。
坂の上の一軒家へ、白い封筒を差し入れたとき、私はそっと胸の中で祈った。
どうかこの紙の向こうで、誰かの勘違いが、ひとつでもほどけますように。
どうか言えなかった言葉が、遅れてでも届きますように。
そして願わくは、父の残した便箋の祈りが、これからの私の手つきを少しだけ優しくしてくれますように。
配達を終えた帰り道、私は郵便局の窓口で、便箋をひと揃い買った。
父の机にあったものとよく似た、薄いクリーム色のものを選んだ。
今夜、実家へ寄るとき、父に渡そうと思った。
言えないなら、書けばいい。
書けない日があるなら、白紙のままでも置いておけばいい。
届くまでに時間のかかるものほど、案外、人を救うのかもしれない。
山あいの町の朝は遅い。
けれど、遅く来る光ほど、沁みることがあるのだと、その日、私は初めて知った。


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