祖父は、約束を忘れたのだと思っていた。
忘れた、という言い方が正しいのかどうか、今になると少し怪しい。
人は年を取ると、約束そのものを忘れるというより、約束の置いてあった場所へ辿りつけなくなるだけなのかもしれない。
けれど若い私には、そんな面倒な言い換えをする余裕がなかった。
ただ、忘れられた、と思った。
それだけで十分に、胸は荒れた。
私は海辺の町で漁師をしている。
父も漁師だったが、早くに海で死んだ。
網に足を取られたのか、波にさらわれたのか、細かなことは結局よく分からない。
海の死は、理由をきちんと持ち帰ってはくれない。
祖父はそのあと、私を船に乗せた。
「食えるようになれ」
とだけ言った。
やさしい言葉ではなかったが、祖父の言葉はだいたい、どれもその程度のぶっきらぼうさでできていた。
海辺の朝は暗いうちから始まる。
靴の底に砂が入り、潮の匂いが鼻の奥へ刺さる。
ロープはいつも少し湿っていて、船の縁は冬になると骨のように冷たい。
波の機嫌は日によって違い、空の色と風向きだけで、その日のこちらの気分まで決まってしまう。
そういうものに毎日触っていると、人間の気持ちまで、だんだん道具みたいになる。
使えるか、使えないか。
切れないか、もつか。
漁師というのは、案外そういう乱暴な尺度で暮らしている。
だから、心の痛みのような厄介なものは、つい後回しになる。
後回しにしても、海は待ってくれないからだ。
祖父がまだ元気だったころ、私たちはひとつ約束をしていた。
私が二十歳になった春、初めて一人で小舟を出し、小さな鯛を三尾だけ揚げて帰った日のことだ。
たった三尾だが、その頃の私には世界を一度釣り上げたような気分だった。
祖父は港でそれを見て、ひどく機嫌よく笑った。
ふだん滅多に笑わない人だから、私はその顔を今でもよく覚えている。
海風で皺の深くなった頬が、急に子どもみたいに見えた。
「次におまえが大漁したら、ちゃんとした長靴を買ってやる」
祖父はそう言った。
私の履いていた靴は、安物のゴム長で、足首のところにもうひびが入り始めていた。
潮が染みるし、冬の朝は底から冷えた。
けれど私は、その約束そのものが嬉しかった。
長靴が欲しいというより、祖父が私の一人前を、次の漁に預けてくれたことが誇らしかったのである。
それは、父が死んでからずっと曖昧だった何かを、祖父がようやく言葉にしてくれたようでもあった。
おまえはまだ半人前だが、次にはちゃんと認める。
その猶予つきの承認が、若い私にはたまらなかった。
だからこそ、その約束は靴より重かった。
それからしばらくして、祖父の物忘れが始まった。
最初は些細なことだった。
包丁をどこへ置いたか分からなくなる。
昨日食べたものを思い出せない。
港で顔を合わせる漁師仲間の名前が、口の先まで出かかって消える。
私たちは年のせいだと言っていたし、祖父自身も、
「歳をとると頭の中まで潮風で錆びる」
などと笑っていた。
だが本当は、笑って済む速さではなかったのだろう。
祖父はだんだん、海へ出なくなった。
網の結び目を何度も間違える。
船の道具の置き場を忘れる。
朝、長靴を左右逆に履こうとして、私に笑われ、ひどく機嫌を悪くしたこともあった。
海の仕事は、一つの間違いがそのまま命にさわる。
私は祖父を船から遠ざけるようになった。
危ないから、と言って。
その「危ない」に、祖父は何も言い返さなかった。
言い返さないかわりに、妙に黙るようになった。
祖父はもともと無口だったが、その頃からの沈黙は、ただ喋らないのではなく、言葉が自分に追いつかない人の沈黙に変わっていた。
私はその違いに気づいていたはずなのに、気づかぬふりをした。
認めれば、祖父がもう海から遠のいていくことを認めるのと同じだったからだ。
私はその頃、祖父に腹を立てていた。
物忘れそのものより、物忘れを認めないところに苛立っていたのだと思う。
道具を勝手にいじる。
どこへしまったか忘れる。
それを指摘すると、
「わしは何もしてない」
と言い張る。
こっちは船を出す前から気が立っているのに、家に帰れば濡れたロープが見当たらないだの、カッパがないだの、細かなことばかり起きる。
私はそういう一つ一つを、いちいち正論で返した。
危ない。
触るな。
勝手に動かすな。
その言い方が、どれほど冷たかったか、今はよく分かる。
だが、その時分の私は、自分が疲れていることだけを大事にして、祖父が失っていくものの重さには、ずいぶん鈍かった。
そしてある朝、ついに私は口にしてしまった。
「長靴買うって言ってたのも、どうせ忘れてるんだろ」
ひどく子どもじみた言い草だった。
大の男が、そんな昔の約束を持ち出して祖父を責めるなど、みっともないにも程がある。
だが、その日は風も荒く、前の晩の漁も外れ、私はいろんな苛立ちの置き場を見失っていた。
いちばん言ってはいけない相手に、いちばん古い棘を向けたのである。
あの約束は、私にとって靴の話ではなかった。
祖父に一人前と認められる日の話だった。
だから、それを忘れられることは、私自身が半端なまま放り出されるような気がしたのだ。
祖父は縁側で黙っていた。
私の言葉の意味が分かったのか、分からなかったのか、しばらく顔も上げなかった。
その沈黙が、私はなおさら腹立たしかった。
怒るなら怒れ。
忘れたなら忘れたと言え。
そう思った。
けれど祖父はただ、膝の上の手をぎゅっと握っただけだった。
その手は昔、網を締め、櫂を押し、魚を捌き、私の肩を小突いた手だった。
それが今は、自分の膝の上で何かをこらえることしかできないように見えた。
なのに私は、その弱り方を見てもなお、やさしくなれなかった。
その年の冬、祖父は倒れた。
命は助かったが、もうほとんど寝たきりに近くなった。
言葉も少なくなり、私の名前を呼ぶことも減った。
海のことを話しても、目の奥に少し波が立つだけで、声にはならない。
私はようやく、自分が取り返しのつかない怒り方をしたのではないかと思い始めた。
けれど謝るには遅すぎたし、何をどう謝ればいいのかも、分からなかった。
人は後悔するときだけ、急に言葉の不自由な生き物になる。
祖父が死んだのは、三月の終わりだった。
海はまだ冷たく、浜に立つと風が耳の裏まで刺した。
葬式のあと、私は一人で納屋へ入った。
祖父の道具がそのまま残っていた。
古い浮き。
錆びたナイフ。
もう使わない網。
人が死ぬと、使っていたものだけが変に生々しく残る。
さっきまでそこに体温があったみたいに、道具の配置だけがその人を真似している。
私は何の気なしに、納屋の隅に置かれた古い木箱を開けた。
中には、ぐしゃぐしゃに畳まれた新聞紙や、何年も前の漁協の書類に混じって、小さな紙切れが一枚入っていた。
メモだった。
祖父の字で、震えながらも、確かに祖父の字でこう書いてあった。
『春の大漁のあと 孝介に長ぐつ 買う』
私はその場で動けなくなった。
孝介は私の名だ。
その下に、別の日に書き足したのか、もっと乱れた字で、
『わすれるな』
とあった。
たったそれだけのメモである。
値段も、店の名前も、何も書いていない。
けれど、その一枚の紙の中に、忘れまいとしていた祖父の必死さが、むき出しになっていた。
忘れたのではなかった。
忘れまいとしていたのだ。
約束そのものを捨てたのではなく、そこへ辿りつくために、あんな紙切れへ自分の心をつないでいたのである。
私は木箱の前にしゃがみこんで、ひどく泣いた。
情けなかった。
祖父が忘れたと決めつけ、勝手に失望し、勝手に怒り、勝手に傷ついていたのは私のほうだった。
祖父は記憶が崩れていく中で、それでも約束だけは留めようとしていたのに。
人は自分が傷ついたと思い込んでいるとき、相手の必死さをひどく見落とす。
私はその典型だった。
しかも、その約束は祖父にとっても、ただの買い物の予定ではなかったのだろう。
父の代わりに私を一人前にする、という、老人にしては少し大きすぎる責任を、祖父はあの一枚に書きつけていたのだ。
忘れるな。
長靴を。
あの子を。
自分がまだ約束できる人間であることを。
そういうもの全部に向かって書かれた文字に見えた。
翌日、私は町の作業着屋へ行った。
ちゃんとした漁師用の長靴を一足買った。
滑りにくく、底の厚い、冬の海でも冷えにくいものだ。
店のおやじが、
「いいの買うな」
と言った。
私は、
「じいさんの約束なんです」
と答えた。
そう言った瞬間、また泣きそうになったが、店先で泣くほど若くもないので、どうにかこらえた。
私はその長靴を、祖父の仏壇の前にしばらく置いた。
線香の煙が細くのぼり、窓の外では波の音がした。
「遅くなった」
と私は言った。
返事はない。
けれど、返事のないことに少しずつ慣れていくのも、死者とのつきあいなのだろう。
それから私は、その長靴を履いて海へ出るようになった。
最初の朝は妙な感じがした。
新品の靴というのは、まだ自分の足の悲しみを知らないから、少し他人行儀だ。
けれど何度か波しぶきを浴び、魚の血をつけ、砂を踏みしめるうち、だんだん足になじんだ。
祖父が私に買うはずだった靴を、いまは私が祖父の代わりに履いている。
それは少し変で、少し悔しく、そして不思議に静かな継承でもあった。
朝の甲板でその靴を見るたび、私は祖父に見られている気がした。
叱られるでもなく、褒められるでもなく、ただ、ちゃんと立てているか確かめられているような感じだった。
海は相変わらず、何も言わない。
大漁の日もある。
外れる日もある。
靴の中まで濡れる朝もあれば、夕焼けがきれいすぎて、それだけで少し許されたような気になる日もある。
私はそのたび、祖父のメモを思い出す。
『わすれるな』
あれは長靴のことだけではなかったのかもしれない。
約束を守ろうとしたこと。
守れなくなっても、守ろうとしていた心までは消えなかったこと。
そういうものを、忘れるなという意味でもあったのだろう。
このあいだ、港の若い衆が安物の長靴を履いていた。
見れば、もう継ぎ目が浮いていて、水が入りそうだった。
私は笑って、
「そんなのじゃ冬がきついぞ」
と言った。
するとその男は、
「金がないんで」
と笑った。
私は少し迷ってから、
「次、大きいの揚げたら、ちゃんとしたの買え」
と言った。
それから、
「約束だからな」
と付け足した。
自分で言っておきながら、胸の奥が少し熱くなった。
人はこうして、知らぬうちに、死んだ人の言葉の続きを喋るようになるのかもしれない。
継承というのは、大げさな旗を受け取ることではないのだろう。
こんなふうに、納屋の隅の小さなメモ一枚から始まる。
忘れたと思っていた約束の、その奥に残っていた誰かの必死さを、遅れて知る。
そして、自分の足でそれを履いて海へ出る。
祖父は約束を忘れたのではなかった。
忘れぬように、紙切れにしがみついていたのだ。
そのことを知った日から、私は少しだけ、人の物忘れにやさしくなれた。
忘れたように見えるものの下で、何が必死に残ろうとしているのか、前より考えるようになった。
海辺の朝は、今日も暗いうちから始まる。
私は長靴の紐を締めるように、心のどこかを少しだけ引き締める。
それから船へ乗り、波の上へ出る。
足元には、祖父がくれるはずだった靴。
その中に私の足があり、私の足の中に、少しだけ祖父の時間が残っている。
それで十分だと、いまは思う。
約束は、ときどき守られない。
けれど、守ろうとしていた心にあとから辿りつけたなら、人はそれを受け継いで生きていける。
波は今日も、何事もなかったように光っていた。


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