終電のあとというのは、駅がようやく人間の顔をやめる時刻である。
さっきまで改札を抜けていった無数の靴音も、ホームに吸われていったため息も、きれいに引いてしまって、残るのは蛍光灯の白さと、線路の冷たい匂いばかりだ。
私は駅員である。
地方都市のはずれにある、小さな駅で夜勤に入って七年になる。
酔客に怒鳴られる夜もあるし、切符をなくした学生に泣かれる夜もある。
終電間際になって駆け込んできた会社員が、息を切らしながら「まだ間に合いますか」と聞く。
こちらは時刻表を見なくても、もう身体が先に答える。
駅という場所は、遅れることには厳密なくせに、言葉のほうには案外だらしない。
言いそびれたことも、謝りそびれたことも、そのうち次の列車が持っていってくれるような気がしてしまう。
だが実際には、残るものは残る。
ホームの隅の黒ずんだガムみたいに、胸の奥にずっとこびりつく。
母とは、二年近くまともに口をきいていなかった。
同じ市内に住んでいながら、である。
父が死んでから、母は急に小さくなった。
背丈の話ではない。
家の中で立てる物音まで小さくなったのである。
茶碗を置く音も、台所の戸を閉める音も、昔よりそっとしていた。
人が一人いなくなると、家の空気はあれほど縮むのかと思った。
それでも私は、やさしくできなかった。
もともと私は、身内に対してだけひどく不器用なところがある。
外ではいくらでも頭を下げられるくせに、母の前では、たった一言が喉につかえる。
疲れていると、それがもっとひどくなる。
発端は、父の一周忌のころだった。
母が、勤務中の私を駅まで訪ねてきたのである。
昼下がりの改札は中途半端に空いていて、私は窓口越しに母の顔を見た。
灰色のカーディガンを着て、手には買い物袋を提げていた。
何でもないような顔をして立っていたが、あの人は昔から、何か大事なことがあるときほど、わざと平気な顔をする。
「たまには帰ってきなさい」
母はそう言った。
「お父さんの仏壇も、ひとりで見てると寒そうで」
私は、その言葉に、なぜだかひどく腹が立った。
仏壇が寒そう。
そんな言い方で、こちらの罪悪感をつつくのかと思ったのである。
そのころ私は夜勤続きで、ろくに眠れていなかった。
人身事故こそなかったが、遅延や車内トラブルが重なって、神経だけが妙に尖っていた。
人間、余白がないと、言葉をそのまま受け取れない。
全部が刺に見える。
「帰れないから帰ってないんだよ」
私はそう言った。
実際には、もう少し冷たい言い方だったかもしれない。
母は何か言い返しかけて、結局、言わなかった。
ただ鞄から封筒を出して、窓口に置いた。
「これ、お父さんの知り合いから」
それだけ言って帰った。
私は見送りもしなかった。
あとで伯母から聞いた。
あの日、母は私に、父の最期のことを話そうとしていたらしい。
父は死ぬ前夜、意識の薄れる中で、私の勤める駅の名前を口にしたのだという。
「彰はまだ仕事か」
たったそれだけの言葉を、母はどう切り出していいかわからず、仏壇の寒さなんてものにすり替えてしまった。
私はその不器用さに腹を立て、肝心の中身を聞かずに閉じてしまった。
似た者同士なのだと思う。
不器用な人間は、たいてい身内とだけ深く傷つけ合う。
それから母は、駅に来なくなった。
私も実家へ寄らなくなった。
正月も盆も、電話一本で済ませた。
電話口で母が「元気」と言い、私も「うん」と答える。
その二文字の間に、言えなかったことばかりが溜まっていった。
その夜、終電が発車したのは零時十二分だった。
私はホーム確認を終え、改札締めの作業に入っていた。
忘れ物の確認は、夜の駅員にとって、しまいの祈りみたいなものだ。
ベンチの下。
券売機の脇。
トイレの棚。
誰かが落としていった傘や手袋や、読まれかけの文庫本。
人は案外、自分の生活の端っこを置き忘れていく。
その晩、改札口の脇の窓台に、定期券が一枚置かれているのを見つけた。
古いビニールの定期入れに入った、くたびれた通勤定期だった。
表面に細かな擦り傷がある。
角のビニールが少し白く曇っている。
毎日、同じ行き帰りをくり返してきた物だけが持つ疲れ方だった。
私はそれを見た瞬間、なぜだか母の手を思い出した。
買い物帰りに財布から定期券を取り出す、あの骨ばった指。
父が生きていたころ、二人で温泉にでも行ったのか、定期入れの内側に小さな切符をしまいっぱなしにして、「記念なんだから捨てるんじゃないよ」と笑っていたこと。
そういうつまらない記憶が、物には宿る。
定期入れの内側に、小さな紙切れが挟まっていた。
私は事務室へ持ち帰ろうとして、その紙に気づいた。
薬局のレシートの裏らしい、薄い紙だった。
青いボールペンで、少し急いだ字が書いてある。
着いたら改札で駅員さんに言ってください
中村へ、先に帰ると伝言お願いします
その下に電話番号と、名前らしきものがあった。
字が少し震えていて、年配の人の手だとわかった。
私は胸の奥が妙にざわついた。
中村という苗字は珍しくない。
だから、自分のことだと決めつけるのは思い上がりだ。
そう思った。
けれど終電後の駅に残された伝言というのは、ただの紙切れのくせに、必要以上に人の気配をまとっている。
急いでいたこと。
うまく言えない事情があったこと。
直接は会えなかったこと。
そういうものが、紙の白さににじんで見えた。
私は業務日誌を見返した。
二十二時台、若い駅員の佐々木が簡単な走り書きを残していた。
年配女性より伝言依頼。相手不在のため保留。終電前混雑で未対応。
私は小さく舌打ちしそうになった。
佐々木を責める気にはなれなかった。
あの時間帯は、券売機の不具合だの、終電確認だの、酔客対応だので、窓口が一番ごたつく。
伝言ひとつが抜け落ちるくらい、ありふれている。
ありふれているからこそ、腹が立つ。
人生を変えるようなことは、ときどき、そんなありふれた抜けで起きる。
私は少しためらって、その電話番号へ公衆電話からかけてみた。
本来の業務を少しはみ出している自覚はあったが、放っておけなかった。
数回の呼び出しのあと、年配の女性の声が出た。
「はい」
私は名乗り、駅に定期券と伝言メモが残っていたことを伝えた。
受話器の向こうで、小さく息をのむ気配がした。
「ああ……やっぱり、伝わってなかったんですね」
その声は、年をとった声ではあったが、妙に張りつめていた。
泣くのをやめた直後みたいな、薄い震えを含んでいた。
「どなたかに伝言を?」
と私が尋ねると、相手は少し黙ってから言った。
「息子です。駅員をしてるんですけど……今夜、そっちの駅で夜勤のはずで」
私は言葉を失った。
自分の駅で、自分宛ての伝言を、他人の声で聞かされる。
そういうことが、この世にはある。
母だった。
母は今夜、私に会いに来ていたのだ。
だが窓口が混んでいて、直接呼び出すのもためらわれ、若い駅員に「中村へ、先に帰ると伝えてください」と頼んだのだろう。
佐々木はその場で承ったものの、次の対応に追われ、そのまま抜けた。
そして母は、私に顔を見せることもなく帰ろうとして、定期券を落とした。
「お母さま、でしたか」
そう言った自分の声が、ひどく間抜けに聞こえた。
まるで事情を知らない第三者のふりをしている。
だが受話器の向こうの母も、すぐには私だと気づかなかったらしい。
「ええ。別に、大した用じゃなかったんです」
そう言ってから、母は少し黙った。
言葉の端が、ほんの少し崩れた。
「今日は主人の命日でね」
「帰りに、あの子の顔だけ見ようと思って」
「でも忙しそうだったから」
私は受話器を持ったまま、事務室の白い壁を見た。
父の命日。
私は、それを忘れていたのである。
忘れるつもりはなかった。
そんな言い訳は、死者にも、生きている母にも通用しない。
けれど本当に、私は日付を頭からこぼしていた。
時刻表や勤務表ばかり見ているうちに、いちばん見落としてはいけない日を、するりと落としていた。
母は続けた。
「この前のこと、まだ怒ってるなら、それでもいいんだけどね」
「ただ、お父さんが亡くなる前の日、あんたの話をしてたって、それだけ言おうと思って」
私はそこで、もうだめだった。
涙というものは、もっと劇的に来ると思っていた。
けれど実際には、蛍光灯の下、忘れ物の傘と段ボール箱に囲まれた事務室で、急に息がうまく吸えなくなるだけだった。
みっともない顔をしていたと思う。
「母さん」
と私が言うと、受話器の向こうが静かになった。
「……彰?」
「うん」
それだけで、二年ぶんの沈黙が、少しだけほどけた気がした。
私は謝ろうとした。
父の命日を忘れていたこと。
一周忌の日のこと。
帰らなかったこと。
何もかも。
だが口を開くと、謝罪というものは妙に順番を失って、ただ情けない嗚咽になりそうだった。
だから私は、ひどく不完全な言葉で言った。
「さっきのメモ、見た」
母は、ふっと笑ったようだった。
「あんなの、駅員さんに頼むことじゃないのにね」
「うん」
「でも、あんた、昔から伝言が下手だったから」
「母さんもだろ」
そう言うと、受話器の向こうで、今度ははっきり笑う気配がした。
泣きながら笑うときの、あの少し息の混じる笑い方だった。
私は改札の外へ出た。
終電後の駅前には、コンビニの灯りだけがぼんやりしていた。
風が冷たく、シャッターの下りた店の前に、自転車が二台、置き去りみたいに並んでいる。
駅前のベンチに、母がいた。
電話を切らずに、そのまま待っていてくれたのだ。
コートの膝に買い物袋を載せ、小さく座っていた。
昔よりずっと細く見えた。
けれど私を見ると、立ち上がる前に、まず受話器を耳から外して、困ったように笑った。
「伝言、届くの遅いねえ」
私はそこで、とうとう泣いた。
駅員の制服のまま、終電の終わった駅前で、母の前で、子どもみたいに泣いた。
恥ずかしいと思う余裕もなかった。
母は「そんなに泣くことかね」と言いながら、買い物袋の中から箱ティッシュを取り出した。
そういう用意のよさが、昔から少し腹立たしく、同時にありがたかった。
「帰ろうか」
と母が言った。
「今日は無理でも、今度」
私は首を振った。
「今日、帰る」
父のいない家へ帰るのは、まだ少し怖かった。
母と向き合うのも、うまくできる自信がなかった。
それでも今夜を逃したら、また私たちは伝言ばかりの親子に戻る気がした。
母は黙ってうなずいた。
その仕草が、ひどく静かで、ありがたかった。
事務室に戻る前、私は窓口の脇に残された定期券と伝言メモを手に取った。
白い紙切れ一枚。
くたびれた定期入れ一つ。
たったそれだけで、人はやり直せることがある。
もちろん、死んだ父は戻らない。
言い損ねた二年分が、一晩で埋まるわけでもない。
けれど和解というものは、立派な言葉から始まるとは限らないらしい。
伝言ミスのあとの、しわくちゃのメモ。
いつもの行き帰りに使い古した定期券。
そういう頼りないものが、かえって人を本当の場所へ連れ戻すことがある。
私はメモを制服の胸ポケットにしまった。
定期券は母に返した。
母はそれを受け取りながら、少し笑って、こう言った。
「これがないと、また帰って来られないからね」
私はその言い方に、ようやく気づいた。
母はずっと、私に帰ってきてほしかったのだ。
家にも。
会話にも。
父のいない日々にも。
終電のあとの駅は、相変わらず白く、静かだった。
けれどその静けさは、さっきまでの空っぽとは少し違っていた。
もう誰もいない改札の向こうに、たしかに帰るべき場所が一つ、灯っている気がした。


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