2026-03

泣ける話

泣くことには意味がある

涙が心に与えるやさしい効果大人になると、泣くことを我慢する場面が増えていきます。泣いたところで何も変わらない。人前で涙を見せるのは恥ずかしい。そう思って、気持ちを押し込めることも少なくありません。けれど、本当は涙には意味があります。
泣ける話

保育士の私が、亡き祖母の不器用な見守りに救われた話

保育園の朝は、靴箱の前から始まる。小さな靴が、きちんと揃っている日もあれば、急いで脱ぎ散らかされている日もある。子どもの気分というのは、たいてい靴先に出る。私はその靴を揃えながら、今日も一日が始まるのだなと思う。三十四になっても、保育士という仕事にはまだ慣れきれない。慣れた顔はしている。笑うところで笑い、泣く子にはしゃがみ、親には大丈夫ですよと言う。
泣ける話

無口な父が残していた手紙を読んだ日、私は二十年分泣いた

山あいの町の朝は遅い。遅い、というのは、太陽が山の向こうからなかなか顔を出さない、という意味でもあるし、人の心が都会ほど器用に目を覚まさない、という意味でもある。谷あいにたまった霧は、朝になってもしばらく畑の上を離れず、川の音だけが先に目を覚ます。けれど郵便だけは別だった。手紙は、書いた人の昨日を抱えたまま、今日じゅうに誰かの胸へ届かなければならない。のんびりした町でも、そればかりは待ってくれない。
泣ける話

亡き恩師の手帳にあった一言で、私は三年越しに泣いた

休憩室の白い蛍光灯というものは、どうしてああも人の顔色を悪く見せるのだろう。夜勤明けの私は、金属の粉を爪のあいだにうっすら残したまま、紙コップのぬるいコーヒーをすすっていた。工場の朝は、終わるころがいちばん静かだ。機械の唸りはまだ遠くで続いているのに、もう自分だけがそこから降ろされてしまったような、妙な疎外感がある。
泣ける話

返せなかった夜、母の傘

郊外の駅前は、雨が降ると少しだけ広く見える。人がみな傘の中に縮こまるせいかもしれないし、アスファルトに灯りが伸びて、道そのものが余白を持つからかもしれない。私の勤めるコンビニは、その駅前のロータリーに面していて、夜になると、終電を逃しかけた人や、部活帰りの高校生や、なんとなく家へ帰りたくない顔をした大人が、濡れた靴のまま入ってくる。自動ドアが開くたび、湿った風が入る。傘のしずく、コートの匂い、温めた弁当の湯気、レジ袋の音。
泣ける話

祖父の通帳、最後の手紙

団地の廊下は、いつも少しだけ病院に似ている。古いコンクリートの匂いと、誰かが煮ている味噌汁の湯気と、遠くで鳴るテレビの音が、薄い壁の向こうで混ざっているせいかもしれない。夕方になると、西日の色まで消毒液みたいに白っぽく見えることがある。私が育った団地は、そういう場所だった。今はもう、そこに祖父はいない。
泣ける話

朝のパンと、言えなかったこと

朝の五時、住宅街はまだ人間の顔をしていなかった。どの家の窓も暗く、郵便受けだけが眠れないもののように口を開けている。私はその道を、自転車のライトひとつで切り裂くように走った。三月の朝はまだ冷える。頬に触れる空気が冷たくて、目が覚めるというより、自分がまだ生きていることを無理やり思い出させられる。パン屋の朝は早い。
泣ける話

祖母の便箋

祖母は、花の名前を人の名前みたいに呼ぶ人でした。  「この子は朝に弱いのよ」とか、  「この子は水を欲しがるから気をつけなさい」とか、  まるで店先の鉢が親戚一同であるかのように話すのです。  私はそのたびに、はいはい、と生返事をしました。  花屋の店員をしているくせに、私は花にそこまで情を移せる性分ではありません。
泣ける話

父がレシートの裏に書いていたこと

父とは、長いこと、会話の火加減が合いませんでした。  弱火で済む話を、なぜか強火にしてしまったり。  ほんとうは沸くまで待たなければならないことを、途中で火から下ろしてしまったり。  そういう、台所じみた不一致です。  私は住宅街の角にあるパン屋で働いています。
泣ける話

祖父のしおり

祖父が死んでから、私は人に本を返してもらう仕事をするようになりました。  図書館司書、という呼び名は、いくらか知的で、いくらか静謐で、そして実際より少し立派に聞こえます。  ほんとうのところは、返却期限を過ぎた本に督促状を出し、破れた頁に薄い補修紙をあて、誰かの忘れていった栞やレシートを抜き取って、棚の秩序を元に戻す仕事です。  私はこの仕事が好きでした。