置いていかれた時刻

川での黄昏 泣ける話

父の腕時計が止まった時刻を、私はまだ知らない。

知らないままでいたかったのかもしれない。

港町の朝は、いつも少し湿っている。

潮の匂いは、洗っても落ちない。

黒い礼服の裾にまで、静かにしみ込んでくる。

葬儀社に勤めて七年、私は人の最後の支度ばかり覚えて、自分の家のことは少しも分からなくなった。

父が死んだのは、二月の終わりだった。

夜明け前、ひとりで倒れたらしい。

近所の漁師が、玄関先に新聞がたまっているのを不審に思って見つけてくれた、とあとで聞いた。

そのとき私は、隣町の通夜会館にいた。

棺に入れる白菊の向きを直し、遺影の角度を少しだけ左へ寄せ、遺族の靴が脱ぎやすいように式場の段差へ小さな台を置いていた。

そういうことばかり、妙に目につくようになっていた。

携帯が震えたのは、その最中だった。

けれど私は出られなかった。

式が始まる直前の電話ほど、嫌なものはない。

一度鳴れば、空気にひびが入る。

二度鳴れば、遺族の顔に「何かが起きたのか」という影が落ちる。

私はそれを知っていた。

知っていたから、胸ポケットの震えを無視した。

終わってから画面を見て、父からの着信だと気づいた。

着信は一件だけだった。

私は折り返さなかった。

折り返しても、どうせまた、あの調子だと思ったからだ。

――おまえは、死人の面倒ばかり見て、生きてる親の顔も見んのか。

父はそういう言い方をする人だった。

怒鳴るのではない。

ただ、こちらの肺のどこか薄いところを見つけて、そこへ細い針を静かに刺すような言葉を選ぶのだ。

昔から、そうだった。

優しいことを言えないのではない。

優しいことを言う前に、照れや不器用さが先に口へ出てしまう人だったのだと思う。

だが、当時の私はそんなふうには考えなかった。

ただ、嫌な父親だと思っていた。

私は私で、似たようなものだった。

言わなくていい一言だけはよく出るくせに、言わなければならない一言ほど喉の奥で固まる。

父に似ていく自分が嫌で、三年前、実家を出た。

それからは月に一度顔を見せればいいほうだった。

忙しかったのも本当だ。

通夜と葬儀は待ってくれない。

夜中の搬送もある。

休みの日でも電話は鳴る。

だが、本当のことを言えば、私は忙しさに隠れていた。

会えばまた、父に何か刺される。

そう思っていた。

最後にちゃんと会った日も、ろくなものではなかった。

実家の仏間だった。

父は湯呑みを卓袱台に置きながら、窓の外の港を見ていた。

「そんな仕事、よく続くな」

低い声だった。

軽蔑なのか、心配なのか、私には分からなかった。

「誰かがやらなきゃいけない仕事だよ」

私は少し強く言った。

すると父は、鼻で笑うでもなく、ただ短く息を吐いた。

「そういう立派なことを言ってるんじゃない」

その言い方が、ひどく癪に障った。

「毎日、死んだ人間ばかり相手にしてたら、生きてる人間に向き合えなくなる」

私は湯呑みを持つ手に力を入れた。

父は私を見なかった。

見ないまま言うのが、あの人のずるいところだった。

いや、ずるいと思っていたのは、たぶん私のほうだ。

「父さんにだけは言われたくない」

言った瞬間、しまった、と思った。

けれど遅かった。

父は黙った。

長い沈黙だった。

外で、船のエンジン音が遠くに鳴っていた。

ようやく父は、「そうか」とだけ言った。

たった二文字だった。

それなのに、私はその「そうか」を、ずっと胸のどこかに引っ掛けたまま生きることになった。

父の葬儀では、私は職員ではなく喪主の息子として立った。

それなのに、焼香の順番が気になった。

供花札の並びが気になった。

僧侶の導線が気になった。

棺に納める花が多すぎる、とさえ思った。

涙を流すより先に、仕事の目が動いてしまう。

そんな自分が、ひどくいやしかった。

近所の人たちは、口々に父を惜しんだ。

「昔、台風の日に船を出そうとした若い衆を止めてくれてね」

「口は悪いけど、困ってる人は放っとかん人やった」

「お父さん、この前も港の子に時計の見方を教えとったよ」

私は知らない話ばかり聞かされた。

知らない父が、次々に出てきた。

港では、潮の満ち引きより人付き合いのほうが複雑だ。

父は漁師ではなかったが、船具店で働きながら、壊れた網の修理も、近所の荷運びも、頼まれれば何でもやっていたらしい。

私はそんなことも、ろくに知らなかった。

父は家では黙っていて、外でも黙っているものだと思っていた。

実際には、外でだけ少し役に立つ人間だったのかもしれない。

初七日が過ぎ、実家の片づけを始めた。

父の部屋は質素だった。

テレビは小さく、箪笥の引き出しにはきれいに畳まれた作業着が数枚。

薬の袋が一つ。

湿布の未開封が二つ。

私はそれを見て、胸がざわついた。

咳が増えたと近所の人が言っていたのを思い出した。

そういえば、前に帰ったとき、父は右肩をかばうように湯呑みを持っていた。

その小さな異変を、私は見て見ぬふりをしたのだ。

見れば、気づいてしまうから。

気づけば、言葉をかけねばならなくなるから。

机のいちばん下の引き出しの奥に、白い封筒があった。

表には、私の名前が書かれていた。

癖のある、角ばった字だった。

私はすぐには開けられなかった。

遺品整理には慣れている。

遺族より先に通帳や印鑑の場所を見つけることだってある。

だが、自分宛ての封筒一つに、こんなにも手が震えるとは思わなかった。

封筒は少し厚みがあった。

中に何か硬いものが入っている感触がした。

私はそれを持って、夕方の港へ行った。

父がよく座っていた防波堤の端に腰を下ろした。

空は薄く曇っていた。

鳥が一羽、低く海面をかすめて飛んだ。

波は静かで、かえって胸に悪かった。

ようやく封を切ると、中から古びた腕時計と、折りたたまれた便箋が一枚出てきた。

腕時計は、父が毎日つけていたものだった。

高校を出て就職した年、私は最初の給料でそれを買った。

たいした値段ではなかった。

ショーケースの中でいちばん高いものは買えず、私はその少し手前で長く迷った。

父は「こんなもん、いらん」と言いながら、その日のうちに腕につけた。

そのくせ翌朝には、ベルトの穴を自分の手首に合うよう少しだけずらして、何もなかった顔をしていた。

あのとき私は、嬉しそうだな、と思った。

でも、口にはしなかった。

腕時計は止まっていた。

時刻は、午前五時十七分。

便箋をひらくと、父の字がまっすぐ並んでいた。

『これは、おまえが高校を出た春、最初の給料で買ってくれた時計だ。壊れかけても、直して使った。もったいないからじゃない。嬉しかったからだ』

そこで一度、文字が少しにじんでいた。

書き損じを直しただけかもしれない。

けれど私は、そこに父のためらいを見た。

『あの日、おまえがこの仕事に就くと言ったとき、私は反対した。死に近い仕事は、人の心を冷たくすると思っていた』

私は思わず目を閉じた。

父の反対は、いつも説明が足りなかった。

だから私は、見下されているのだと思っていた。

『だが、違った』

その四文字が、ひどく重かった。

『おまえの勤め先の前を、何度か通った。中には入らなかった。だが、雨の日に、おまえが遺族に傘を差し出して、車のドアに手を添えているのを見た』

港の風が、そこで一度だけ強く吹いた。

便箋が震えた。

『泣いている子どもに、しゃがんで同じ目の高さで何か話していたのも見た。式が終わって、誰もいなくなったあと、花の散った床を一人で拾っていたのも見た』

私は知らなかった。

父が見ていたことも。

そんなところを見られていたことも。

『ああ、この仕事は、死人のためだけじゃないのだと、そのとき分かった』

波が、防波堤の下で鈍く砕けた。

私は便箋を持つ指に力を入れた。

紙が小さく鳴った。

『口でうまく言えないから、また嫌な言い方をした。すまん』

私はそこで、声を漏らした。

泣く前の、人間とも獣ともつかない小さな音だった。

『おまえは、立派だ、とは言わん。そんな言葉は軽いからな。ただ、おまえのような者がおると、遺された人は少し助かる。父親として、それを静かに誇りに思っている』

その一行を読んだとき、私はようやく泣いた。

遅かった。

あまりに遅かった。

けれど、その涙はたしかに父へ向かって落ちていった。

誰もいない港で、私は子どもみたいに肩を震わせた。

海は何も言わない。

船のロープが軋む音だけがして、空だけが妙に明るかった。

父は、褒めることを覚えないまま死んだのだと思っていた。

違った。

褒める言葉を持っていなかったのではない。

渡し方が分からなかっただけなのだ。

私も同じだった。

父さん、その咳、病院へ行ったのか。

その時計、まだ使ってくれてるのか。

飯はちゃんと食ってるのか。

そういう一言を、私は一度も言えなかった。

封筒の底に、もう一枚、小さな紙が入っていた。

走り書きのメモだった。

『時計、直るなら直せ。止まったままでもいい。おまえが決めろ』

私は泣きながら、少し笑ってしまった。

最後まで父らしかった。

大事なものだけ渡して、肝心な結論は相手に委ねる。

たぶん父は、生きているあいだ一度も、誰かに上手に甘えられなかったのだ。

だから最後まで、不器用な命令口調のまま、私に選ばせた。

翌週、私は町の時計店へ行った。

古い店だった。

ガラスケースの奥に、細かな部品が小瓶に分けて並んでいた。

年を取った職人が、ルーペ越しに時計をのぞき込んで言った。

「直りますよ」

「少し時間はかかりますが」

私はお願いします、と言いかけて、やめた。

しばらく黙ってから、首を振った。

「……やっぱり、このままで」

職人は不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

止まった時刻を、そのままにしておきたかった。

父がいなくなった時刻というより、父がようやく本当の気持ちを私に渡した時刻のように思えたからだ。

それから私は、その腕時計を部屋の机に置いている。

朝、出勤前に一度見る。

針は動かない。

けれど、不思議と急かされることがなくなった。

間に合わなかったことは、もう戻らない。

折り返さなかった電話も、飲み込んだ言葉も、今さら父には届かない。

それでも、受け取るには遅すぎたわけではないのだと、あの止まった文字盤が教えてくれる。

葬儀のあと、遺族が深く頭を下げることがある。

こちらは決まりきった仕事をしただけのつもりでも、その人たちにとっては、最後に世界へ触れる手つきが少しやわらかかった、というだけで救いになるらしい。

最近、私はその意味を前よりよく知っている。

遺族が帰ったあと、椅子を整え、冷めた茶を片づけ、祭壇の花びらを拾うたびに、父の便箋の一行を思い出す。

立派だとは言わん。

そんな言葉は軽いからな。

その不器用な文句が、いまでは私の背中を押す。

春の近い港町は、風がまだ冷たい。

会館の自動ドアが開くたび、潮の匂いがかすかに入り込む。

今日も私は黒いネクタイを締め、誰かの別れのそばに立つ。

泣き崩れる人の少し後ろで、言葉にならない沈黙を支える。

そのたび、父のことを思う。

人は案外、言えなかった言葉より、言えなかった優しさのほうで後悔するのかもしれない。

夜、帰宅して、机の上の止まった腕時計を見る。

五時十七分。

父はもう何も言わない。

けれど私は、その沈黙の中に、ようやく受け取った誇りを聞いている。

それは声の大きな励ましではない。

胸を張れと命じるものでもない。

ただ、港の夜の潮のように、静かに満ちてくる。

私は明日も、誰かの最後のそばに立つ。

そしてたぶん、父のように不器用な誰かが、最後まで言えなかった気持ちのために、椅子を引き、花を整え、黙って頭を下げるのだ。

そういう仕事をしていることを、いまの私は少しだけ好きでいられる。

父が遺したのは、止まった時計ではなかった。

私がこの先も失くさずに持っていく、小さくて、静かな誇りだった。

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