祖父の形見として受け取ったのは、古い腕時計だった。
もう動いてはいなかった。
傷も多くて、ガラスも少し曇っていた。
「壊れてるし、いらないかな」
最初、私はそう思った。
でも裏を見ると、小さく刻印があった。
「ありがとう」
たった五文字。
それだけで、喉の奥が詰まった。
祖父は、感謝を口にする人ではなかった。
寡黙で、照れ屋で、
何かを伝えるときはいつも不器用だった。
けれど、その時計には、
誰かへの、あるいは家族への「ありがとう」が残されていた。
私は急に、祖父がいなくなったことを実感した。
その人が生きていた時間が、この時計の重さに残っている気がした。
修理に出せば動くかもしれない。
でも私は、しばらくそのまま持っていたいと思った。
止まったままの時間の中にしか、
見えない気持ちもあるのかもしれない。
祖父の部屋で、その時計を手のひらにのせたとき、
夕方の光が静かに差し込んでいた。
私は、ようやく泣いた。
※本作品はフィクションです
心が疲れているあなたへ
言葉にされなかった思いも、
形を変えて残ることがあります。
もし今、伝わらなかった気持ちに苦しんでいるなら、
見えていないだけで、ちゃんと残っているものがあるのかもしれません。


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