灯の先で書く字

静かな夜を過ごす人 泣ける話

あの子のことを、私は長いあいだ誤解していた。

いや、正しく言えば、誤解していたのは、あの子ではなく、私の役目のほうだったのかもしれない。

塾講師になって十一年になる。

郊外の駅前にある、雑居ビルの三階の小さな進学塾だ。

一階はクリーニング店で、二階は空きテナント、三階に上がる階段は冬になると妙に冷える。

夜の授業が終わるころには、駅前のスーパーも閉まり、改札の向こうで電車の着く音だけが、やけに明るく響く。

私は国語を教えている。

国語というのは便利な科目で、文章を読みながら、その子が何を読み落とすかで、わりと生活まで見えてしまう。

主語を取り違える子。

比喩をまっすぐにしか受け取れない子。

感情の動きより、答えだけを急ぐ子。

そういう小さな癖の中に、その子の焦りや、諦めや、たまに救いまで混じる。

だから私は、子どものことは案外分かるほうだと、どこかで思い上がっていた。

その慢心を、いちばん静かに壊したのが、あの子だった。

名前は美月という。

中三の春、入塾してきた。

髪はいつも後ろでひとつに結ばれ、筆箱の中身がきれいに整っている子だった。

真面目で、宿題も忘れない。

字もきれいで、ノートの余白も揃っていた。

ただ、質問をしなかった。

授業が終わっても、分からない顔のまま、誰より先に頭を下げて帰る。

こちらが「大丈夫?」と聞けば、「はい」と答える。

その「はい」が、どうにも軽すぎて、私は苛立った。

分かっていないくせに、分かったふりをする。

助けを求めるべきところで、先に引いてしまう。

そういう子を、私は少し苦手としていた。

努力家に見えて、どこか本気ではないように思えたのだ。

模試の成績も、最初は悪くなかった。

上位ではないが、堅実に点を取る。

けれど秋が近づくにつれ、急に数字が落ちはじめた。

特に国語がひどかった。

読めば分かるはずの問いを外し、記述は途中で投げ、作文は最後まで書かない。

私は何度か個別で残した。

けれど美月は、ノートとテキストをきちんと揃えて座り、こちらの説明に頷くだけで、結局、自分のことは何も言わなかった。

「最近、集中できてないだろ」

ある夜、私は少しきつく言った。

冬期講習の申込書が配られた日だった。

周りの子がみな志望校の話でざわつく中、美月だけがずっと窓の外の駅前を見ていたからだ。

駅前ロータリーの街灯が、冬の湿った空気の中でぼんやり滲んでいた。

「頑張ってるふりだけしても、受験はどうにもならないよ」

言ってから、少し強すぎたと思った。

けれど私は引けなかった。

塾講師の悪い癖で、厳しいことを言える自分を、どこかで誠実だと思いたがる。

美月は一度だけ目を上げ、それから小さく「すみません」と言った。

その声に反省も反発もなくて、私はますます腹が立った。

怒りというより、こちらの言葉が何ひとつ届いていない感じが、情けなかったのだ。

冬期講習の初日、美月は来なかった。

無断欠席だった。

連絡をしてもつながらない。

母親に電話すると、「今日はちょっと」と濁された。

私は呆れた。

受験直前に、こういう子はいる。

焦っているように見えて、土壇場で逃げる子。

私は勝手に、美月もそのひとりだと決めた。

それきり年内に彼女は来なかった。

年が明けても、欠席は続いた。

やがて塾長が、退塾届を机に置いた。

理由の欄は空白だった。

私はそれを見て、ああ、やっぱりな、と思った。

思ったくせに、その紙を捨てるとき、少しだけ胸が痛んだ。

たぶん私は、最後まであの子を分かったふりだけで済ませた自分を、薄々知っていたのだろう。

二月の終わり、県立入試の日の夕方だった。

いつもなら受験を終えた子たちが、解放されたみたいな顔で報告に寄る日なのに、美月はもちろん来なかった。

私は受付の窓から駅前を眺めながら、ふと、一階のクリーニング店の前のベンチを思い出した。

授業の合間に見た、小さな子どもの影。

眠そうな顔で座っていた、あの男の子。

あれが誰なのか、そのときの私は考えもしなかった。

考えようとしなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。

春が来た。

新学年の募集チラシを配る時期になって、私は古い教材を整理していた。

使い終えたプリント、赤本、書き込みだらけの過去問。

その山のあいだから、一本のシャープペンが出てきた。

紺色で、持ち手に細かな傷がある。

美月のものだった。

よく見覚えがあった。

授業中、考えるたびにその先端を親指で二度ほど弾く癖があったからだ。

私はなぜかそれをすぐ捨てられず、机の端へ置いた。

そういえば、あの子はいつも同じペンを使っていた。

芯が詰まっても、別のものに替えず、少し首をかしげながら直していた。

妙に頑固なところがあった。

そういう、どうでもいい記憶ばかりが、不意に鮮明だった。

その夜、駅前はまだ少し寒く、ホームへ上がる高校生たちの制服も冬の名残を引きずっていた。

授業を終えて階段を下りようとしたとき、受付の棚の下に白い紙が挟まっているのが見えた。

折りたたまれた、小さなメモだった。

私宛てだった。

開くと、見覚えのある、整った字が並んでいた。

美月だった。

短い文だった。

『先生へ。ペンを忘れていたら、処分してください。返しに行けなくてすみません』

そこまで読んで、私は少し拍子抜けした。

けれど、その下に続きがあった。

『あの日、頑張ってるふりと言われたとき、ちょっとだけ安心しました』

私はそこで手を止めた。

安心しました。

何にだ。

意味が分からず、続きを読んだ。

『先生にそう見えていたなら、まだ私は普通に見えていたんだと思ったからです』

駅前を電車が通り過ぎる音がした。

ガラスが少し震えた。

私は階段の途中に立ったまま、息を止めていた。

『本当は、十月から父がいなくなりました。家を出たのか、戻らないだけなのか、よく分かりません。母は夜も働くようになって、弟は保育園のお迎えが遅くなる日が増えました』

字は丁寧だった。

いつもの美月の字だった。

なのに、一行ずつが妙に重かった。

『塾の前に保育園がないので、郊外の駅前まで弟を連れてきて、授業のあいだは一階のクリーニング店の前のベンチで待たせた日もありました』

私は目を閉じた。

そういえば、何度か見たのだ。

授業の合間に窓から見下ろしたとき、小さな男の子がベンチで眠りかけていた。

ランドセルより小さなリュックを抱えて、足をぶらぶらさせていた。

どこかの家の子だと思っていた。

美月は続けていた。

『質問しなかったのは、授業が終わったら急いで帰らないと弟が泣くからです』

『頑張ってるふりに見えたのは、たぶん本当にそうだったと思います。頑張らないと崩れそうだったので』

私はメモを持つ手に力を入れた。

紙が小さく鳴った。

『無断でやめてすみません。冬期講習の日、母が倒れました。大したことではなかったけれど、その日から家のことを少し手伝うことになりました。受験も、ちゃんと受けられませんでした』

そこまで読んだとき、私はもう自分の顔がどんなふうになっているか分からなかった。

あの日、私は「逃げた子」だと思った。

けれど逃げたのではなかった。

あの子は、家の火が消えないように、ひとりで別の場所を支えていたのだ。

美月は最後に、こう書いていた。

『先生の授業で書いた文章のことは、たぶんずっと忘れません。文章は、答えを当てるためだけでなく、自分が何を黙っているかを知るために読むものだと教わりました』

私はその一文を読んで、胸の奥が痛んだ。

そんな大事なことを言っておきながら、私は肝心の「黙っているもの」を、目の前の教え子から読み取れなかったのだ。

『本当はあのとき、質問したかったです。勉強のことじゃなくて、こういうとき、どうやって普通の顔をしたらいいのかを』

私は階段に座り込んだ。

雑居ビルの冷たい踊り場で、大人のくせに、みっともなく肩を丸めた。

美月は続けていた。

『弟の前では泣かないようにして、母の前では大丈夫なふりをして、塾では普通に座っていました。でも、たぶん全部、少しずつ変だったと思います』

『先生は気づいていたかもしれないのに、私は言えませんでした。言ったら、本当に困っている人になってしまう気がしたからです』

私はそこでもう、どうしようもなかった。

子どもはときどき、助けを求めるより先に、自分が「困っている人」になることを恥じる。

私は講師を十一年もやっていて、その基本の痛みを取りこぼしたのだ。

『先生は、灯りのついた教室みたいでした。外から見たら、入っていけそうな気がしました。入れなかったのは私です。でも、灯りがあると知っていたのは救いでした』

最後の一行は、少しだけ字が揺れていた。

『いつか、私も誰かにそういう灯りをつけられる人になりたいです』

メモはそこで終わっていた。

私は長いこと動けなかった。

勘違いしていたのは、あの子が努力のふりをしていたことではない。

私は、教えるということを勘違いしていたのだ。

質問を受け、解法を渡し、点数を上げる。

もちろんそれも仕事だ。

だが、それだけでは灯りにはならない。

相手が入ってこられない夜にも、そこにあるもの。

見えなくても、消えていないもの。

そういうものが、たぶん本当は必要だったのだ。

私はそのことを、ひとりの教え子の、退塾したあとのメモで知らされた。

遅すぎる。

けれど、遅すぎる気づきにも、たぶん意味はある。

でなければ人は、自分の鈍さと一緒に、そのあとを生きていけない。

翌日、私は受付の机の上に、美月のペンを置いた。

そして小さな紙に、こう書いた。

『忘れ物。取りに来なくてもいい。でも、いつ来てもいい』

来るはずがないと思いながら、しばらくそれを置いていた。

結局、ペンは誰にも持っていかれなかった。

だから私はそれを使うことにした。

新年度の最初の面談で。

うつむいたまま「別に」と言う子の調査票に。

保護者に見せる成績表の余白に。

そして、ときどき、宿題の丸の横に一言を書くときに。

『ここ、最後まで考えた跡があるね』

『今日は顔がしんどそうだった。来ただけでもえらい』

『分からないまま持って帰ってもいい。また一緒にやろう』

安い励ましではなく、見たうえで置く言葉を、少しだけ増やした。

春の終わり、駅前のロータリーに街路樹の若い葉が出そろったころ、ある女子生徒が帰り際に立ち止まって言った。

「先生、この教室、なんか明るいですね」

私は笑って、

「蛍光灯が古いだけだよ」

と返した。

けれど本当は、その言葉の意味を知っていた。

灯をつなぐ、なんて大げさなことではないのかもしれない。

ただ、だれかが入ってこられない日にも、ここにあると分かる明かりを、勝手に消さないこと。

それだけだ。

閉館後、私は窓の外の郊外の駅前を見る。

電車が着き、降りた人たちがそれぞれの速さで散っていく。

急ぐ人。

うつむく人。

笑いながら改札を抜ける子ども。

そのどれもが、自分の事情を抱えて、こちらには見えない夜へ帰っていく。

私は机の上の紺色のペンを見つめる。

持ち手の細かな傷に、あの子の指の癖を思い出す。

あのメモを読んだ夜から、私は前より少しだけ、子どもの「はい」を信用しなくなった。

大丈夫です、をそのまま受け取らなくなった。

言葉はときどき、いちばん困っている場所を隠すからだ。

それでも教室には、今日も灯りをつける。

だれかが入ってくるためだけではなく、入れないまま遠くから見上げる子のためにも。

私はあの子に何もしてやれなかった。

その事実は、これからも少し痛いまま残るだろう。

けれど、その痛みごと引き受けて、次の子の机に言葉を置くことならできる。

そうやって灯は、人から人へではなく、悔いから悔いへ、静かにつながっていくのかもしれない。

今夜もまた、郊外の駅前に最後の電車が着く。

私は教室の戸締まりをして、机の上のペンを胸ポケットに差す。

そして、まだ見ぬ誰かのために、明日の灯りを消さずに帰る。

それがたぶん、私に残された、いちばん静かな償いであり、いちばん小さな継承なのだ。

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