朝の五時、住宅街はまだ人間の顔をしていなかった。
どの家の窓も暗く、郵便受けだけが眠れないもののように口を開けている。
私はその道を、自転車のライトひとつで切り裂くように走った。
三月の朝はまだ冷える。
頬に触れる空気が冷たくて、目が覚めるというより、自分がまだ生きていることを無理やり思い出させられる。
パン屋の朝は早い。
いや、早いという言い方は、少し違う。
朝が来るより先に働きはじめて、気づけば今日という一日が、こちらの体力を少しずつ食べている。
オーブンの熱、発酵した生地の匂い、鉄板の鳴る音。
そういうものに囲まれていると、人はちゃんと暮らしている気になれる。
自分の中が、どれだけ空っぽでも。
父とは、もう三か月まともに口をきいていなかった。
同じ家に住んでいて、三か月だ。
必要なことだけは言う。
「風呂、先でいいぞ」
「うん」
「ゴミ、出しといた」
「うん」
その「うん」が、いつからか私たちの家に住みついていた。
返事なのか、諦めなのか、自分でもわからないような薄い声で。
母が死んでから二年、父は急に老けた。
もともと口数の多い人ではなかったけれど、母がいたころの沈黙には、まだ体温があった。
テレビの野球中継を見ながら無言でみかんをむくとか、味噌汁をすすってから「今日は少ししょっぱいな」と言うとか、その程度の、暮らしの沈黙だった。
けれど母がいなくなってからの父は、何かを失った人の沈黙になった。
言葉を出さないのではなく、どこに置けばいいのかわからないような顔をしていた。
私はそれが嫌だった。
いや、本当は、怖かったのだと思う。
人はこんなふうに、急に空っぽになれるのかと。
母がいなくなっただけで、家の中の季節まで変わってしまうのかと。
そのくせ私は、父を助ける側の顔をしたくなかった。
仕事で疲れて帰ってくるたびに、台所に立つ自分だけが大人みたいで、腹が立った。
母を失ったのは私も同じなのに、どうして私ばかりが生活を前に進める役をしなければいけないのだろうと思っていた。
あの日も、仕事から帰ると、父は居間でマグカップを両手に包んで座っていた。
白地に青い小花のある、古いマグカップだった。
母が気に入って、もう十年も使っていたものだ。
取っ手の根元が少し欠けていて、捨てようかと言ったとき、母が「こういう傷が、物にも人生にも、ちょうどいいのよ」と笑ったことを覚えている。
そのマグカップを、父は最近ずっと使っていた。
「それ、お母さんのなんだけど」
つい、口から出た。
父は私を見た。
驚いたような、叱られた子どものような顔だった。
「知ってる」
それだけだった。
それだけなのに、私は妙に腹が立った。
知ってる、なら何だというのだ。
母が生きていたころ、父は食後の食器だって流しに運ばなかった。
母の誕生日を忘れ、買い物袋の重さにも気づかず、ただ家に帰ってきては、黙って新聞を広げていた。
そんな人が今さら、母のものを抱いてぬくもりを借りるみたいにしていることが、ずるい気がした。
「お父さんさ、何でも黙ってれば済むと思ってない?」
父は黙っていた。
私は止まれなくなった。
忙しさというのは、人を立派にしない。
ただ、弱った心に刃物を持たせるだけだ。
「お母さんがいたときもそうだったよね。
何にも言わないで、何にもやらないで。
いなくなってからもそういうの、ずるいよ」
父はマグカップをそっとテーブルに置いた。
かすかな音がした。
「悪かったな」
それだけ言って、自分の部屋へ入っていった。
私はその背中に、もっと何か言ってやりたかった。
けれど本当に言いたかったのは、そんなことではなかった気がする。
どうしてお母さんが死んだの。
どうして私たちだけ置いていかれたの。
どうして、お父さんは私と同じように泣いてくれないの。
たぶん、言えなかったその全部が、「ずるい」に化けただけだった。
翌朝、食卓に父はいなかった。
夜勤の警備の仕事は減らすと言っていたのに、また出たらしかった。
テーブルには、コンビニの袋に入った食パンがひとつ置いてあった。
パン屋の娘がいる家で、市販の安い食パンが置いてあるのは、少し滑稽で、少し悲しい。
袋の口はきちんとねじってあって、父の不器用な几帳面さだけがそこに残っていた。
私はその食パンを見て、母のことを思い出した。
子どものころ、まだ店勤めなんてしていなかったころ、私は母とよく朝のパンを焼いた。
といっても本格的なものではなく、市販の食パンにバターと砂糖をのせて焼くだけの、貧乏くさいおやつみたいなものだった。
でも母は、焼き上がる直前にシナモンをほんの少しかけて、「お店みたいでしょう」と笑った。
父はその匂いにつられて起きてきて、
「朝から贅沢だな」
と言いながら、いちばんよく食べた。
私は、そのことをずっと忘れていた。
忘れていた、というより、思い出すと苦しくなるから、見ないふりをしていたのだと思う。
春の新商品が始まると、店は急に忙しくなった。
苺のデニッシュ、桜あんぱん、菜の花のキッシュ。
名前だけ聞けば、世界はずいぶん明るい。
レジに立っている私は笑いながら、「ありがとうございます」と言い続けた。
指は釣り銭の重さを覚えるのに、心は人のぬくもりを忘れていく。
その日、休憩室でエプロンのポケットに手を入れると、くしゃくしゃになったレシートが出てきた。
見覚えのないスーパーのレシートだった。
誰かのものが紛れたのだろうと思って捨てかけ、ふと裏に字を見つけた。
父の字だった。
癖のない、面白みのない字。
けれど、子どものころ、学校に提出する書類の保護者欄に並んでいた、あの字だった。
――店で使うなら、牛乳は冷蔵庫の下段に入れた。
――母さんのマグカップ、勝手に使って悪かった。
――あれで飲むと少し落ち着く。
――おまえが朝、急いで出ていく音がすると、ちゃんと生きてるなと思う。
――言えなかったが、パン、うまい。
――この前の山型のやつ、母さんも好きだった。
最後の一行で、私は駄目だった。
母さんも好きだった。
その言葉で、父がただ母のものにすがっていたのではないことが、わかった。
あの人は、母を忘れないために使っていたのだ。
忘れたくない人のぬくもりを、指先だけでも残したくて。
私はレシートを握ったまま、しばらく動けなかった。
父は褒める人ではなかった。
私が初めて店で焼いた塩パンを持ち帰ったときも、「少ししょっぱいな」としか言わなかった。
製パン学校に入ると決めた日も、「朝早いぞ」とだけ言った。
嬉しいのか反対なのかもわからなくて、私はずっと、この人は何も言ってくれない人だと思っていた。
でも違ったのだ。
何もないのではなく、出口がなかっただけだ。
言葉にするのが下手すぎて、胸の中で腐らせてしまう人だっただけだ。
そして、それは少しだけ、私も同じだった。
私はその日、店長に頭を下げて、少し早く上がらせてもらった。
住宅街の夕方には、朝にはなかった匂いがある。
カレー、洗濯物の柔軟剤、自転車で帰る子どもの汗、どこかの家の煮魚。
世界はこんなにも平凡で、その平凡さで人を生かしているのだと思った。
家に帰ると、父は台所にいた。
やかんを火にかけ、あのマグカップを棚から下ろしているところだった。
私に気づくと、少しばつの悪そうな顔をした。
現行犯みたいで、私はそんな父を見て、胸がつまった。
私は鞄から、店で余った食パンを出した。
少し形の崩れた山型パンだった。
「今日、余ったの、持って帰った」
父は「ああ」と言った。
私は靴を脱ぎきらないまま、レシートをテーブルに置いた。
父の目が、その紙に止まった。
すぐにわかったらしい。
耳まで少し赤くなった。
「読んだ」
父は咳払いをした。
「そうか」
「うん」
「……捨てろ、そんなもん」
私は首を振った。
「捨てない」
「ただのレシートだ」
「私には、手紙だった」
父は黙った。
けれど、その沈黙は前と違った。
逃げるための沈黙ではなく、照れくささの置き場みたいな沈黙だった。
私は棚から別のマグカップを出して、お湯を注いだ。
柄のない、安物のカップだった。
「お母さんの、使っていいよ」
父は少し目を伏せた。
「いや……」
「いい。
お父さんが落ち着くなら、そのほうがいい」
父はしばらく俯いたまま、やがて小さく言った。
「おまえ、あのとき、怒ってたな」
私は少し笑った。
「怒ってた。
たぶん、お父さんにじゃなくて、ちゃんと悲しんでるように見えないことに」
父は、そこで初めて、はっきり私を見た。
「悲しんでたよ」
その一言は、ひどく静かで、ひどく遅かった。
遅すぎるくらいだった。
でも、遅すぎる言葉にも、届く夜はあるのだと思った。
「お母さんが死んでから、家に帰るのが怖かった。
音がしないからな。
おまえまで壊れたらどうしようと思って、何か言おうとしても、変なことしか出てこんかった」
私は息をのんだ。
そうか、と心のどこかで思った。
父もまた、私を見ながら、壊れないふりをしていただけだったのだ。
「私も、ごめん」
父は首を横に振った。
それから、ひどく不器用に笑って言った。
「パン、ほんとにうまい」
私は泣きながら笑った。
そんな言い方しかできない人に、そんな言い方でやっと褒められるなんて、あんまりだと思った。
でも、そのあんまりさが、妙に私たちらしかった。
その夜、私たちは焼きたてではない食パンをトースターで焼いて食べた。
父はバターを塗りすぎて、端からだらしなく垂らした。
私はそれを見て笑い、父も少し笑った。
母のいない食卓だった。
でも、不思議と、欠けているばかりではなかった。
暮らしは、たぶん立派な決意で立て直すものではない。
大げさな約束でも、涙の誓いでもない。
欠けたマグカップ。
少し焦げた食パン。
ポケットでしわくちゃになったレシート。
そういう、みっともないほど小さなもので、人はもう一度、生活を始める。
翌朝、私はまた五時前の住宅街を自転車で走った。
家を出るとき、台所から父の声がした。
「気をつけて行け」
振り返ると、父は母のマグカップを持ったまま立っていた。
その湯気の向こうで、少しだけ背筋を伸ばしていた。
私は「うん」と答えかけて、やめた。
「行ってきます」
父は、ほんの少し遅れて、
「行ってらっしゃい」
と言った。
その声はぎこちなくて、けれど確かに、私たちの家に戻ってきた生活の声だった。
長いあいだ止まっていた時計が、ようやく、朝の方へ動き出すような気がした。


コメント