母とは、長いこと、うまく話せなかった。
仲が悪い、というのとは少し違う。
怒鳴り合ったり、皿を割ったりするような派手な不仲ではない。
ただ、言葉を交わすたびに、見えない針が一本ずつ胸に残る。
そういう、静かでみじめな遠さだった。
思えば私は、母にだけは甘えていたのだと思う。
甘えているくせに、いちばん残酷な聞き方をし、いちばん刺さる返し方をしてしまう。
それが許されると思っていたわけではない。
ただ、母はきっと離れていかないと、どこかで勝手に信じていた。
そういう信頼は、ときどき、愛情ではなく怠慢の顔をして現れる。
私がパン屋で働きはじめて三年目の春だった。
駅前から少し離れた住宅街の角に、うちの店はある。
朝は焼きたての匂いが、まだ眠そうな通りに先回りして流れていく。
食パン、塩バター、メロンパン、くるみパン、あんぱん。
ガラス越しに並ぶその丸みや焼き色を見ていると、パンというものは不思議だと思う。
人を慰める形を、はじめから知っているような顔をしている。
私は毎朝五時前に起きて、暗いうちに店へ向かった。
仕込みの粉を量り、冷たいバターを切り分け、生地をこね、発酵を見て、オーブンをのぞく。
焼き上がるころには、髪にも服にも指先にも、小麦とバターの匂いがついていた。
その匂いは嫌いではなかった。
むしろ好きだった。
けれど、好きな仕事だから疲れない、というほど人生は単純ではない。
朝の忙しさが過ぎても、昼にはまた別の忙しさが来る。
客が途切れたと思えば予約の受け渡し、袋詰め、レジ、棚の補充、翌日の仕込み。
立ちっぱなしの足の裏は夕方になるころには熱を持ち、笑顔まで売り切れになる日もあった。
母はそのころ、住宅街の外れにある小さな学童で働いていた。
子どもたちの見守りや、おやつの準備、連絡帳の整理、掃除の手伝い。
決して派手な仕事ではないが、細かく気を配ることの多い仕事だった。
前は駅前のクリーニング店にいたのだが、立ち仕事がきついと言いながら、結局また立ち仕事を選んだ。
私はそれが少し気に入らなかった。
無理をしているくせに、大丈夫なふりをするところが、昔から母にはあった。
そして、それを指摘されるのを何より嫌うところも。
夜、私が遅く帰ると、食卓にはひとり分だけラップのかかったおかずが置いてある。
母は先に食べていることもあれば、待っていてくれることもあった。
味噌汁を温め直しながら、母はよく言った。
「無理しないでね」
その言葉が、私はだめだった。
たったそれだけの、どこにでもある言葉なのに、私には妙に刺さった。
まるで、無理をしている私が悪いみたいに聞こえた。
まるで、好きで疲れているみたいに聞こえた。
ほんとうは、そんなはずがない。
わかっていた。
わかっていたのに、疲れている人間は、やさしさの受け取り方まで下手になる。
岸に立っている人が、川の中の人間に向かって「気をつけて」と言うみたいだ、と私はひねくれて思った。
いま思えば、それは母を見ていたのではなく、自分の余裕のなさを母に映していただけだった。
ある晩、雨が降っていた。
店が混み、予約の受け渡しも重なり、私は閉店後の片づけまで手間取って、いつもより二時間も遅く帰った。
靴の中まで湿るほど濡れていた。
台所には、ラップのかかったハンバーグと、少し冷めたポテトサラダがあった。
母はまだ起きていて、テーブルの端で学童の連絡帳を見直していた。
私の顔を見るなり、立ち上がって言った。
「遅かったね。大丈夫?」
私は曖昧にうなずいた。
すると母は、少しためらってから、いつもの調子で言った。
「無理しないでね」
その瞬間、何かがぷつりと切れた。
「口で言うだけなら簡単だよね」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
母は、連絡帳の上に置いていた手を止めた。
部屋の中には、換気扇の低い音だけが残った。
「……そうね」
母はそれだけ言った。
怒りもしなかった。
言い返しもしなかった。
ただ、そうね、と言って、また視線を連絡帳に落とした。
それが、かえって私にはこたえた。
言い返してくれたほうがまだ楽だった。
人は、自分が悪いと薄々わかっているときほど、相手に怒ってほしいのかもしれない。
そのほうが、自分も被害者の顔をしていられるからだ。
けれど母は、私を裁かなかった。
ただ、静かに引き受けてしまった。
それから数日、家の中は妙に静かだった。
母は必要なことしか言わず、私もまた、仕事の話しかしなかった。
朝、玄関で顔を合わせれば「行ってきます」「いってらっしゃい」。
夜、食卓で向かい合えば「醤油取って」「うん」。
会話はそれで終わる。
沈黙は、怒鳴り声よりも長く部屋に残る。
私は仕事に逃げた。
忙しさは便利だ。
忙しければ考えなくて済む。
レジの電子音、トレイの擦れる音、トングがパンをつかむ乾いた音、客の注文、オーブンのベル。
そこには感情の入る隙がない。
考えないで済むものは、たいていありがたい。
ある日の午後、母が店に来たことがあった。
私はレジに立っていて、次々に客をさばいていた。
帽子を深くかぶった母が列の後ろにいるのを見つけたが、私は気づかないふりをした。
なぜそんなことをしたのか、いまでもうまく説明できない。
気まずかったのだと思う。
家でろくに話もしていない相手が、職場に立っているのを見るのは、想像以上に苦しかった。
母はチーズフランスを一つだけ買って、「ありがとう」と言って帰っていった。
私は、いらっしゃいませと、ありがとうございましたしか言わなかった。
その背中が自動ドアの向こうへ消えていくとき、声をかけようとした。
けれど次の客がトレイを置き、その機会は、あまりにも簡単に流れていった。
そして六月の終わり、母は倒れた。
学童で子どもたちを見送ったあと、めまいがして、その場にしゃがみ込んだらしい。
同僚から連絡を受けて病院へ駆けつけたとき、母は白いシーツの上で、思ったよりずっと小さく見えた。
医者は、過労と軽い脱水だと言った。
「二、三日休めば落ち着くでしょう」
そう説明されて、私はほっとしたはずなのに、胸の奥はなぜか重いままだった。
たいしたことはない、と言われるほど、たいしたことのように思えた。
人が弱るところを見ると、その人が日頃どれだけ無理をしていたか、急に輪郭を持ってしまう。
母が眠っているあいだ、私は預かった鞄を整理した。
財布、ハンカチ、くすんだ口紅、古い文庫本、学童の連絡帳。
見慣れたものばかりだった。
それなのに、その日はどれも少し他人の持ち物のように見えた。
会計のため財布を開いたとき、中から何枚ものレシートがはらりと落ちた。
コンビニ、スーパー、ドラッグストア。
それに混じって、うちの店のレシートが何枚もあった。
日付はばらばらだった。
一枚や二枚ではない。
週に何度も来ていたことがわかるほど、たくさんあった。
私は不思議に思って、連絡帳を何気なく開いた。
茶色い表紙の、角の擦れたノートだった。
中には、子どもたちの出欠や連絡事項のあいだに、細長く折られたレシートが何枚も挟まっていた。
しおり代わりだろうかと思って一枚抜いた。
裏に、母の字があった。
『あんぱん 売り切れ。今度はもっと早く行く』
私は、そこで手を止めた。
もう一枚抜いた。
『チーズフランス、今日は買えた。少しかたい。でも娘の店の味がする』
胸の奥で、何かがきしんだ。
さらに一枚。
『レジで疲れていた。声をかけない』
私は息を吸いそこねた。
連絡帳のあいだには、母の小さな記録が、日付もなく、ひっそりと挟まれていた。
『今日は顔色が悪かった。無理しないで、と言ったら嫌な顔をされた。言い方が悪いのかもしれない』
『パンの匂いが手についていた。あの子は子どもの頃から、いい匂いのするものを人にあげるのが好きだった』
『帰ってきてすぐ寝てしまった。起こさず毛布だけかける』
『話したいけれど、今は邪魔かもしれない』
『私が年を取ったから、心配の仕方も古くなったのだろう』
『今日も店に寄った。ありがとうは言えた』
『あの子の作るパンは、ちゃんと人を元気にする味がする』
文字はどれも小さかった。
けれど、小さいからこそ、隠していた気持ちの深さがそのまま見える気がした。
母は、私に見せるつもりでこれを書いていたわけではない。
誰かに褒めてもらうためでもない。
ただ、言えなかったことを、どこかに置いていただけだった。
私は連絡帳を閉じた。
閉じたのに、だめだった。
書いてあった言葉が、今度は胸の内側で開いてしまった。
私が責められていると思っていた「無理しないで」は、責めるどころか、近づきすぎないための遠慮だったのだ。
母は、私のパンを何度も買いに来ていた。
私が気づかないふりをした日も、たぶん、わかっていたのだろう。
それでも何も言わなかった。
言わずに、ただ買って帰った。
私は病室の洗面台の前で、とうとう吐いた。
気分が悪かったわけではない。
遅れてきた自分の言葉の棘が、いまごろ喉の奥に刺さったのだ。
翌朝、母が目を覚ましたとき、私はベッド脇の椅子に座っていた。
「仕事は?」
母は、かすれた声でそう言った。
「休んだ」
「だめよ」
「だめじゃない」
私はそこで、泣くつもりではなかった。
けれど人は、泣くと決めて泣くわけではないらしい。
言葉が先に壊れて、あとから顔が追いつく。
私は子どもみたいな声で泣いた。
「ごめん」
やっと、それだけ言えた。
「ごめん、母さん。私、ぜんぜんわかってなかった」
母はしばらく黙っていた。
それから、点滴の管を避けるようにしながら、そっと手を伸ばした。
その手が私の頭に触れたとき、昔の夕方がいくつも胸に戻ってきた。
熱を出した夜。
転んで膝を擦りむいた日。
受験に落ちて部屋に閉じこもったとき。
あの手はいつも、大げさなことを言わずに、ただそこに来ていた。
「私もね」
母が言った。
「心配するとき、いつも同じ言い方しかできなかった」
「でも……」
「もっと別の言い方があったのかもしれないね」
私は首を振った。
「違う。違わないけど、でも違う。私が勝手に、意地悪に聞いてただけ」
母は少し笑った。
泣いたあとの人にしかできない、弱くて静かな笑い方だった。
「親子って、へたくそね」
「うん」
「でも、まだ間に合うでしょう」
私はうなずいた。
うなずくしかなかった。
退院してから、母は前より少しだけ休むようになった。
私も前より少しだけ早く帰るようにした。
奇跡みたいに生活が変わったわけではない。
相変わらず朝は早いし、店は忙しいし、母もときどき無理をする。
それでも、以前とは違うことが一つだけある。
言えなかった言葉を、言わないままにしなくなった。
店のレジで使い終わったレシートの裏に、私は小さなメモを書くようになった。
『今日は新作のくるみパン、うまく焼けた』
『帰りに牛乳買う』
『遅くなるから先に食べてて』
『明日、あんぱん一つ取っておく』
それを食卓の端や冷蔵庫の扉に貼っておくと、母も返事を書く。
『牛乳ありがとう』
『あんぱん予約、うれしい』
『ちゃんと食べてから寝ること』
『無理しないでは封印。かわりに、今日は何を食べた?』
冷蔵庫には、白くて頼りない紙切れが少しずつ増えていった。
レシートなんて、本来は捨てるための紙だ。
買ったものの記録が済めば、くしゃりと丸めて終わるだけのものだ。
なのに、私たちはその裏側に、言えなかった言葉を残すようになった。
捨てられるはずだった白さが、いつのまにか、私たちの和解の形になっていた。
このごろ私は、店じまいのあと、売れ残ったあんぱんを一つ持って帰る。
母はそれを半分に割って、決まって小さいほうを自分の皿にのせる。
私はそのたび、少し腹が立って、少し泣きたくなる。
だから今は、ちゃんと言う。
「そっちじゃなくて、大きいほう食べなよ」
母は笑う。
「じゃあ、半分こね」
その言い方が、なんだか昔よりずっと素直に聞こえる。
たぶん、変わったのは言葉ではない。
受け取る私のほうなのだ。
住宅街の夜は静かで、どの家の窓にも、それぞれの事情が灯っている。
泣いた家もあるだろう。
笑った家もあるだろう。
謝れないまま眠る家もあれば、もう二度と話せない家もあるかもしれない。
その中で、うちの明かりもまた、ただのひとつにすぎない。
それでも私は思う。
言えなかった言葉は消えない。
けれど、言い直すことはできる。
間に合わなかった昨日は戻らない。
けれど、これからの夕方に、小さな灯りをともすことはできる。
白く細いレシート一枚でも、人はそこへ気持ちを書き残せる。
そして、ときどきは、その頼りない紙切れが、帰る場所への道しるべにもなる。
母が台所でお湯を沸かす音を聞きながら、私は明日の仕込みのことを考える。
あんぱんを少し多めに作っておこう、と思う。
売れるかどうかはわからない。
でも、ひとつくらい、帰る先が決まっているパンがあってもいい。


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