まだ乾かないインク

未送信のメールと過去の影 泣ける話

古いアパートというものは、住んでいる人間の事情まで、壁紙の裏に薄く吸いこんでいる気がする。

 

 私の部屋は二階のいちばん奥で、廊下を歩く足音が、雨の日になるとやけに湿って聞こえた。

 

 隣の部屋の戸の開け閉めも、下の階で鍋を置く音も、夜更けにはまるで紙の裏から響くみたいに、ぼそぼそと伝わってくる。

 

 壁は薄いし、窓枠は少し歪んでいる。

 

 冬になると隙間風がカーテンを揺らし、夏には網戸のたるんだ隅から、遠慮のない蚊が入ってくる。

 

 台所の蛍光灯は、ひもを引いてもすぐには点かない。

 

 一拍おいて、じ、と鳴って、それからようやく白けた顔で明るくなる。

 

 まるで、何かを決心するのに時間のかかる人間みたいな部屋だな、と私は思っていた。

 

 いや、思っていた、というより、そういう性格付けをでもしてやらないと、古びて不便なだけの部屋に情が移った理由を説明できなかったのかもしれない。

 

 人は住む場所に愛着を持つのではなく、去れない事情に名前をつけて、自分を納得させているだけなのだ。

 

 そういう少し嫌なことを、私は時々、妙にすらすら考える。

 

 だいぶ大人になった証拠かもしれないし、単に、ひねくれてきただけかもしれない。

 

 私は小さな印刷所で働いている。

 

 町工場の延長みたいな場所で、名刺、町内会の回覧板、学習塾のチラシ、店のショップカード、寺の法要案内、たまに選挙前だけ妙に威勢のよいポスターまで刷る。

 

 大きな仕事は来ない。

 

 けれど、暮らしの端っこに必要な紙は、いつだってどこかで刷られている。

 

 インクの匂いと、裁断した紙の乾いた香りと、機械油の混じった空気。

 

 私はその匂いが好きだった。

 

 にじみ、版ずれ、断裁の狂い、折りの甘さ。

 

 そういう小さな不具合を見つけて、どうにかちゃんとした顔に戻してやる仕事は、私みたいな半端な人間にも、まだ役に立てる手つきがあるのだと思わせてくれた。

 

 紙というものは妙なもので、薄いくせに、案外、人の事情をよく抱え込む。

 

 祝いの案内も、詫び状も、閉店のお知らせも、全部同じように紙の上へ載る。

 

 そのくせ、刷り上がったあとは、どれも何食わぬ顔をしている。

 

 私は、その白々しさも好きだった。

 

 同じ職場に、真壁さんがいた。

 

 私より三つ上の元同僚で、派手さのない人だった。

 

 愛想がいいわけでもない。

 

 かといって冷たいのでもない。

 

 ただ、紙を揃える手つきだけが、妙にきれいだった。

 

 断裁機にかける前、紙の束の角を机に軽くとん、と打ちつける。

 

 ばらけた紙が、そこで一瞬だけ呼吸をそろえる。

 

 その音が私は好きだった。

 

 几帳面な音というものがもしあるなら、あれがたぶんそうだった。

 

 真壁さんは無駄口の少ない人だったが、ときどき私の冗談に、少し遅れて笑うことがあった。

 

 その遅れ方が、私はどうにも好きだった。

 

 すぐ笑われるより、一度胸のあたりで受け止めてから、静かに返してくれる笑いは、人を少し油断させる。

 

 私はそういうやさしさに弱い。

 

 その場で褒められるより、帰り道でふと思い出すような種類の親切に、むやみに心が動く。

 

 恋だったのかと問われると、少し困る。

 

 大人になれば、名前のつかない感情をいくつか持ったまま暮らすことにも慣れる。

 

 けれど、真壁さんが辞めたあと、工場の音がひとつ欠けたみたいに感じたのだから、ただの同僚ではなかったのだろう。

 

 思い返せば、気になる兆しはいくつもあった。

 

 昼休み、いつもなら弁当を半分ほど残していた人が、急いで二、三口で食べ終え、どこかへ電話をかけに出ること。

 

 制服の袖に、消毒液みたいな匂いがついている日があったこと。

 

 ロッカーの上に、小さな写真立てを置いていたこと。

 

 海辺で笑う女の子の写真だった。

 

 七つか八つくらいに見えた。

 

 日差しの強い午後らしく、目を細めて笑っていた。

 

 私はその写真を見るたび、姪かな、と思っていた。

 

 あるいは近所の子か、親戚の子か、とも。

 

 ほんとうは気になっていたのに、結局、何ひとつ確かめなかった。

 

 きっかけは、噂だった。

 

 古い職場には、古い機械と同じくらい、くたびれた噂がよく回る。

 

 真壁さんが社長と揉めたらしい、と製版の人が言った。

 

 いや、お金のことらしい、と配送の人が言った。

 

 男関係だそうよ、と事務のパートさんが、小声なのに妙によく通る声で混ぜ返した。

 

 私は、そんなはずはないと思った。

 

 思ったくせに、きっぱり否定もしなかった。

 

 人の悪いところは、自分で広めはしないが、耳に入った時点で少しだけ受け取ってしまうことである。

 

 私も、ちゃんとその程度に卑しかった。

 

 それで昼休みに一度だけ、ずいぶん間の抜けた訊き方をした。

 

「真壁さん、なんか大変なんですか」

 

 いま思えば、ひどい問いだった。

 

 曖昧なくせに、相手にだけ事情を差し出させる、ずるい聞き方である。

 

 真壁さんは箸を置いて、少しだけ笑った。

 

「まあ、少しね」

 

 それだけだった。

 

 私は、そこで踏み込めなかった。

 

 踏み込まなかった、ではなく、踏み込めなかった、という言い方をするあたりが、私のずるいところだ。

 

 勇気がなかっただけのことを、まるで事情のせいみたいに言い換える。

 

 その数日後、真壁さんは印刷所を辞めた。

 

 送別会もなかった。

 

 社長は「本人の都合だから」と言い、周囲も「そうですか」と言った。

 

 会社というものは、ひとり分の沈黙くらい、平気で飲み込んでしまう。

 

 しばらくすると、噂は別のものに移り、誰も真壁さんの名前を口にしなくなった。

 

 私だけが、ときどき思い出した。

 

 紙の角を揃える音を。

 

 少し遅れて返ってくる笑い方を。

 

 それから、退職の前日にロッカーの上へ置いたままになっていた、小さな写真立てを。

 

 誰も気づいていなかった。

 

 私はなんとなく、それを鞄にしまった。

 

 返す機会があるかもしれない、という名目で。

 

 だがその名目は、一年たっても役に立たなかった。

 

 写真立ては私の部屋の本棚の隅で、ずっと海の光を抱えたままだった。

 

 春先の雨の夜だった。

 

 残業で遅くなり、アパートへ戻ると、廊下の電球が切れかけていて、薄茶色の灯りを喘ぐみたいに明滅させていた。

 

 私は鍵を回し、湿ったコートを脱ぎ、冷蔵庫の麦茶をそのまま飲んだ。

 

 部屋は静かだった。

 

 静かすぎて、印刷機の回転音が、まだ耳の奥で惰性のように回っている気がした。

 

 何の気なしに本棚を拭いていて、例の写真立てを落とした。

 

 安物の軽い額だから、ガラスは割れなかった。

 

 だが裏板が外れ、写真の裏から、折りたたまれた紙が一枚すべり落ちた。

 

 紙ではなく、プリントアウトされたメールだった。

 

 件名も宛先もない。

 

 文面だけが印字されている。

 

 未送信のメールだと、すぐわかった。

 

 見るつもりはなかった、と言うのは簡単だ。

 

 だが手に取った時点で、半分はもう見ているようなものである。

 

 人の秘密に偶然触れたとき、人間はだいたい道徳より先に好奇心が立つ。

 

 私はそのことを、格好よく否定できるほど上等な人間ではない。

 

 ただ、その紙に最初の一行を見つけた瞬間、私は床へ座り込んでしまった。

 

 退職することになりました。噂になっているような理由ではありません。

 

 窓の外で、雨が細く、執拗に降っていた。

 

 私は膝をついたまま、その続きを読んだ。

 

 娘の治療が長引いています。

 

 仕事を続けたかったのですが、昼夜の付き添いが必要になり、どうしても両立が難しくなりました。

 

 会社には迷惑をかけました。

 

 ただ、変な噂だけは少しつらいです。説明して回る気力もなく、黙って辞めることにしました。

 

 私は写真の女の子を見た。

 

 海辺で笑っている。

 

 あの強い光の向こうに、病室の消毒液の匂いや、長い待ち時間や、眠れない夜があったのだろうかと思うと、胸の奥が鈍く痛んだ。

 

 メールは続いていた。

 

 あなたには、お礼を言っておきたかった。

 

 紙を揃える音が好きだと、前にあなたが言ってくれたのを、ずっと覚えていました。

 

 そこで私は、息を止めた。

 

 そんなことを言った覚えが、ちゃんとあった。

 

 たしか、夜勤明けで頭がぼんやりしていた朝だった。

 

 真壁さんが断裁前の紙を揃えるのを見て、私は何気なく、「その音、なんか安心しますね」と言ったのだ。

 

 それを、あの人は覚えていた。

 

 私はそのくせ、相手の事情を何ひとつ知らなかった。

 

 いや、知ろうとしなかった。

 

 メールの最後のほうは、少しだけ文が乱れていた。

 

 ああいう細かいことに気づいてくれる人が職場に一人いるだけで、ずいぶん救われます。

 

 写真、もし気づいたら捨ててください。取りに行く余裕がないかもしれません。

 

 でも、本当は捨てないでほしいとも思っています。勝手ですね。

 

 落ち着いたら、またちゃんと働いて、ちゃんと暮らしたいです。

 

 そういう普通のことを、今は祈るみたいに考えています。

 

 送るかどうか迷っています。たぶん送らないと思います。

 

 そこで終わっていた。

 

 私はしばらく動けなかった。

 

 古いアパートの蛍光灯が、じ、と鳴っていた。

 

 冷蔵庫が低く唸り、雨が排水管を伝って落ちていく。

 

 生活の音ばかりが、やけに生々しかった。

 

 真壁さんは、こんな音の中で、一人で決めて、一人で辞めていったのだ。

 

 私は何をしていたのだろう。

 

 噂を聞いて、曖昧に訊いて、踏み込まないことを礼儀だと勘違いしていただけではないか。

 

 そのくせ心のどこかで、何も言わずに去った相手を少し恨んでさえいた。

 

 わからせてくれなかった、と。

 

 じつに子どもっぽい。

 

 いや、子どもならまだ無邪気だが、私はただ鈍かったのである。

 

 その晩、私はほとんど眠れなかった。

 

 眠ろうとすると、工場の音と一緒に、真壁さんの「まあ、少しね」が何度もよみがえる。

 

 あの時、もう一歩だけ踏み込めていたら、と考えた。

 

 だが、過去というものは妙に意地が悪く、あとからならいくらでも正しい返事が思いつく。

 

 それでいて、ひとつも間に合わない。

 

 翌日、私は写真立てを鞄に入れて出勤した。

 

 昼休み、社長に頼んで、真壁さんの退職時の緊急連絡先がまだ残っていないか調べてもらった。

 

 社長は面倒くさそうな顔をしたが、古い書類の束から、隣町の住所だけは見つけてくれた。

 

 仕事帰り、私はその住所へ向かった。

 

 迷惑かもしれない、と思った。

 

 いまさら何だと呆れられるかもしれない、とも思った。

 

 だが、それでも行かなければ、この先ずっと、自分の鈍さを鈍いまま飼い続ける気がした。

 

 アパートは、私の部屋よりさらに古かった。

 

 階段の手すりが錆び、共用廊下には洗濯ばさみが一つ落ちたままになっていた。

 

 呼び鈴を押すと、しばらくして真壁さんが出てきた。

 

 少し痩せていた。

 

 けれど顔を見た瞬間、ああ、この人だ、と思った。

 

 紙の角を揃える音まで、一緒に戻ってくる気がした。

 

 私はうまく言えず、写真立てを差し出した。

 

「これ、預かってました」

 

 真壁さんは目を見開いた。

 

 それから写真と私の顔とを交互に見て、小さく頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

 それだけで、私はもう十分だったのに、つい言ってしまった。

 

「噂のこと、知らなくて」

 

 言ったあとで、また曖昧だ、と思った。

 

 私はどうしていつも、肝心なところで言葉が足りないのだろう。

 

 だが真壁さんは、少し黙ってから、前と同じように少し遅れて笑った。

 

「知らないほうが、普通です」

 

「でも、知らないままでいたくなかったです」

 

 そう言うと、自分の声が思ったより震えていた。

 

 真壁さんはしばらく何も言わなかった。

 

 部屋の奥から、小さな咳が聞こえた。

 

 ああ、ほんとうにここに生活があるのだ、と私は思った。

 

 噂ではない、紙の上でもない、生きている人の今日の暮らしが。

 

 真壁さんは写真立てを胸に抱いた。

 

「娘なんです」

 

 私は黙ってうなずいた。

 

「海に行ったの、あれが最後で」

 

 そう言ってから、真壁さんは少しだけ困った顔をした。

 

 私が何を返せばいいのかわからないのと同じように、向こうもまた、どこまで話せばいいのかわからないのだろう。

 

 その曖昧さが、むしろありがたかった。

 

 私は慰めのうまい人間ではない。

 

 大げさな言葉を置かずに済む沈黙のほうが、たぶん似合っていた。

 

「もう少ししたら、働けると思います」

 

「娘さん、よくなりますか」

 

「たぶん。まだ少しかかるけど」

 

 たぶん、という言葉は弱い。

 

 けれどその時の真壁さんの口ぶりには、ちゃんと明日へつながる重さがあった。

 

 私は深く頭を下げた。

 

 謝罪なのか、安堵なのか、自分でもよくわからなかった。

 

 ただ、あの未送信メールにあった、ちゃんと働いて、ちゃんと暮らしたいという一文だけが、胸の底で静かに残っていた。

 

 帰り道、雨はやんでいた。

 

 町の灯りが濡れた路面にのびて、まるで刷りたてのインクみたいに、まだ乾ききらずに滲んでいた。

 

 私はその光の上を歩きながら、生活というものは、劇的に立ち直るのではなく、こうして少しずつ、乾ききらないまま再開していくのだと思った。

 

 誰かを見舞うこと。

 

 返せなかった物を返すこと。

 

 言いそびれたことを、遅れてでも言うこと。

 

 そういうささやかな動作でしか、人は前へ進めないのかもしれない。

 

 翌週、私は自分の部屋の蛍光灯を新しいものに替えた。

 

 台所の流しの下も片づけた。

 

 ためこんでいたクリーニングを出し、切らしていた米も買った。

 

 じつにささやかなことで、誰に褒められる話でもない。

 

 だが、そういうことをちゃんとするのは、思ったより大事だった。

 

 生活を続けるとは、立派に生きることではなく、まず灯りを替え、洗濯をし、明日のぶんの米を買うことなのかもしれない。

 

 そして私は、職場で回ってくる噂話に、前ほど安易に相槌を打たなくなった。

 

 知らないことを、知らないままにしておく勇気も、たぶん必要なのだ。

 

 数か月後、印刷所に一通のはがきが届いた。

 

 差出人は真壁さんだった。

 

 短い近況と、娘さんが退院したこと。

 

 それから、来月から別の職場で働き始めることが書いてあった。

 

 文面の最後に、こうあった。

 

 今度は送ります。未送信のままにしないで。

 

 私はその一行を見て、印刷機の音の中で、少しだけ笑った。

 

 泣くほどではない。

 

 いや、ほんの少し泣いたかもしれない。

 

 ただ、その涙は前のような後悔のものではなく、長い雨のあと、洗濯物がようやく乾きはじめる朝みたいな、静かな湿り気だった。

 

 私ははがきをロッカーにしまい、断裁前の紙の束を持った。

 

 角を揃え、机に軽く打ちつける。

 

 とん、という音が鳴った。

 

 前より少しだけ、まっすぐに聞こえた。

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