商店街の朝は、いつだって少し寝ぼけている。
八百屋の前では、まだ若い店員が無造作に水を撒いていて、その水がアーケードの薄い光をはね返していた。
魚屋の親父は開店前から咳をしていて、向かいの豆腐屋は、湯気の向こうで白い四角を静かに並べている。
どの店にも、それぞれの朝の癖があった。
その癖の集まりが、この古びた商店街の呼吸なのだと、私は三十を過ぎてからようやく思うようになった。
若いころは、そんなもの、ただの古臭い風景だとしか思っていなかったのにである。
私の店は、その通りの真ん中より少し外れた場所にある。
時計屋と古本屋にはさまれた、小さな靴修理店。
看板には、今は亡き父の字で、野口靴修理店とある。
達筆でも何でもない、むしろ少しいびつな字だ。
けれど、私は毎朝その字を見るたび、襟元を正されるような心地になる。
店というものは不思議だ。
継いだ人間がどれほど頼りなくても、店のほうは先に腹を据えて、黙ってそこに立っている。
だから私は、毎朝、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
今日もまた、釣り合わない男がシャッターを開けますよ、と。
靴を直す手つきだけは、だいぶ父に似てきたと思う。
けれど、人間のほうはまだ駄目だった。
すり減った革底なら取り替えられるし、裂けた縫い目なら縫い直せる。
だが、言ってしまった言葉や、飲み込めなかったやさしさは、靴ほど素直には直らない。
そのことを、私は三年前に思い知った。
倉田先生が店に来なくなって、三年になる。
高校時代の恩師だった。
国語を教えていた人で、黒板に字を書くときだけ妙に几帳面で、あとはどうにもぶっきらぼうな教師だった。
生徒に媚びることもなく、熱血ぶることもない。
けれど、ときどき授業の終わりに、誰に向けたともわからないような低い声で、妙に胸に残ることを言った。
その言葉は、その場では大してありがたく聞こえないくせに、あとになって、じわじわ効いてくる。
漢方薬みたいな人だった。
卒業の日、私は進路も定まらぬまま、教室の外の廊下で先生に捕まった。
正確には、捕まったのではなく、先生がたまたま窓のそばに立っていて、私がそこを通りかかっただけなのだが、あの人は存在そのものに呼び止める力があった。
「野口、おまえは手で考えられる人間になれ」
そう言われた。
私は、その意味がよくわからず、曖昧に笑った。
手で考える、とは何だろう。
頭で考えるならまだわかる。
若い私は、その言葉を、少し気取った説教くらいにしか受け取らなかった。
その頃の私は、自分に何か特別な才能があるような顔をしながら、実際には何一つ続かない人間だった。
東京へ出ては仕事を転々とし、夢らしいものを口にしては失敗し、とうとう父が倒れたのをきっかけに、この商店街へ戻ってきた。
戻ってきた、などと言うと聞こえがいい。
本当は、逃げ帰ってきたのである。
父が死に、母も早くに亡くしていた私には、この店しか残っていなかった。
私は継いだのではない。
取り残されたのだ。
そういう人間は、まじめに生きている人や、静かに支えてくれる人を見ると、なぜだか腹が立つことがある。
相手が悪いわけではない。
こちらが自分の情けなさを照らされるからである。
倉田先生は、卒業して何年も経ってからも、ときどき店に来てくれた。
革靴の踵が減るたびに、きまって私のところへ持ってきた。
いつも黒か焦茶の、地味な革靴だった。
教師というものは案外足元に人柄が出るのだな、と私は思った。
先生の靴はどれもよく磨かれていたが、見栄のためではなく、持ち物に対する礼儀として磨いている、そんな感じがした。
ある冬の日だった。
冷たい雨が朝から降っていて、アーケードの隙間から吹き込む風が、店の奥まで湿らせていた。
その日、先生は一足の黒い革靴を持ってきた。
いつもより、ずいぶん傷んでいた。
つま先には深い擦り傷があり、右足の側面は縫い目が裂けかけ、踵も斜めに削れていた。
私は受け取った瞬間、ああ、ずいぶん無理をして履いたのだな、と思った。
「これは時間がかかりますよ」
そう言うと、先生は小さくうなずいた。
「急ぎますか」
「急がない」
いつもの調子だった。
けれど、そのあとで先生は、靴から目を離したまま、ぼそりと言った。
「これが最後になるかもしれん」
私は、その言葉の意味をちゃんと考えなかった。
いや、考えたくなかったのかもしれない。
その頃の私は、店の売上が落ちて、材料費や光熱費や細かな支払いに追われ、毎日少しずつ機嫌が悪かった。
忙しさは、立派な人間をつくるどころか、たいていの場合、卑しい人間を露出させる。
私はまさに、その露出している最中だった。
「最後、ですか」
私は笑ったつもりだったが、たぶん笑えていなかった。
「先生は昔から、そういう意味深な言い方をしますよね」
先生は黙っていた。
その沈黙が、なぜだか私をいっそう苛立たせた。
こちらの浅さを見透かされている気がしたのだろう。
「客商売なんですから、変な含みを持たせられると困りますよ」
今思えば、あまりにひどい。
言葉としてひどいだけでなく、人として貧しい。
先生はしばらく私の顔を見ていた。
怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ少し疲れたような目だった。
「そうか」
そう言って、受け取り票を折りたたみ、コートの内ポケットにしまった。
そして、それきりだった。
私は靴を丁寧に直した。
つま先の傷を整え、裂けた縫い目を縫い直し、踵を替え、全体を磨いた。
店主として当然の仕事をしただけだ。
けれど、受け取りに来ない。
数日待ち、一週間待ち、それでも来ない。
電話番号は知らなかった。
学校に問い合わせようかと思ったが、先生はすでに退職していた。
それでも、どこかで私は、いつものようにふいに現れて、「遅くなった」とだけ言う先生の姿を期待していた。
だが、期待というものは、現実が否定するまで自分で終わらせることができない。
年が明けてしばらくした頃だった。
薬局の奥さんが、会計のついでのような顔で言った。
「倉田先生、亡くなったんですってね」
私は、何のことかわからず、聞き返した。
肺の病気だったらしい。
長く患っていたらしい。
入退院を繰り返していたらしい。
らしい、らしい、と人の死は、どうしてあんなに曖昧な言葉で届くのだろう。
けれど、その曖昧さの向こうにある事実だけは、あまりに鋭かった。
あの「最後になるかもしれん」は、本当に最後だったのだ。
私は、そこではじめて理解した。
理解したところで、何の足しにもならなかった。
人は、取り返しがつかなくなった瞬間だけ、ひどく聡明になる。
そういう時の頭の回転のよさほど、空しいものはない。
それ以来、その靴は店の奥の棚に置いたままになった。
捨てることはできなかった。
かといって飾ることもできなかった。
ただ、季節が変わるたび、埃を払うときだけ触れた。
革は少しずつ乾き、つま先の傷だけが、時間に磨かれてかえって目立つようになっていった。
私はその傷を見るたび、あの日の自分の声を思い出した。
客商売なんですから。
変な含みを持たせられると困りますよ。
なんという安っぽい正しさだろう。
生活に追われている人間は、ときどきその貧しさを免罪符のように使う。
食べていくのに必死だった、余裕がなかった、仕方なかった、と。
けれど、仕方がないことと、許されることは別である。
春先の雨の夜だった。
店じまいのあと、私は奥の棚を整理していた。
いらない伝票、古い修理見本、父が使っていた工具箱の中の錆びた部品。
そんなものを片づけているうちに、例の靴箱が手に触れた。
何気なく持ち上げると、箱の底で紙が鳴った。
私は首をかしげ、そっと中敷きをめくった。
底に、薄茶色の小さな封筒が入っていた。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい、静かにそこにあった。
宛名はない。
けれど、その紙の折れ方には見覚えがあった。
教師というのは、紙の扱いに癖が出る。
まっすぐで、無駄がなく、少し愛想がない。
私は急に喉が渇いた。
立ったまま開く勇気がなくて、作業椅子に腰を下ろした。
外では、アーケードを打つ雨が、古い蓄音機みたいな音を立てていた。
便箋は一枚だけだった。
先生の字だった。
私はその字を見た瞬間、胸の奥にしまい込んでいた後悔が、急に息を吹き返すのを感じた。
手紙には、こう書かれていた。
――野口へ。
――この靴は、おまえに直してもらうつもりで持っていく。
――もし受け取りに来られなかったら、代金の代わりに、その靴を置いていく。
――勝手ですまん。
私はそこで、もう一度読み直した。
受け取りに来られなかったら。
来ない、ではなく、来られない。
その助詞ひとつに、先生の事情がすべて入っている気がして、私は息が詰まった。
先を読む。
――おまえは昔、自分には何も残せるものがないと言ったな。
――だが、残るものは立派な言葉ばかりではない。
――減った踵をまっすぐに直すこと。
――破れた革を、もう一度歩けるようにすること。
――そういう仕事で、人はだれかの一日を支えている。
――私は教師だったが、教えたことの多くは忘れられるだろう。
――だが、おまえの直した靴は、翌日も、その次の日も、持ち主を運ぶ。
――手で考えられる人間になれ、と言った意味を、おまえはもう知っているはずだ。
私の目は、そこでぼやけた。
情けない話だが、人は泣くまいとすると、かえって子どもみたいな顔になる。
私は便箋を持ったまま、何度も瞬きをした。
しかし涙というものは、こちらの都合などまるで聞かない。
ぽたり、と紙に落ちた。
先生の字が少し滲んだ。
私は慌てて手の甲で拭ったが、その手もまた震えていた。
手紙は続いていた。
――この靴を、おまえの店に置いていく。
――継ぐのは家業だけではない。
――だれかを黙って支える覚悟のほうだ。
――私から教えられることが、まだあるとすれば、それだけだ。
最後の一行だけ、少し字が揺れていた。
――すまなかった。
――言い方が足りなかったな。
私は、声もなく泣いた。
店の中はしんとしていて、雨の音だけが遠く近く鳴っていた。
先生は私を試したのではなかった。
恩着せがましく何かを託そうとしたのでもなかった。
ただ、自分の終わりを知りながら、それを大げさに言いたくなかったのだろう。
あの人らしいと思った。
あまりに、あの人らしかった。
そして私は、生徒の頃と同じように、また肝心なところを読み違えたのだ。
その事実が、胸に深く刺さった。
だが不思議なことに、その痛みの底には、責めるばかりではない静けさもあった。
たぶん先生は、私が愚かだったことも、不器用だったことも、最初からわかっていたのだろう。
わかっていて、それでも最後に、この店へ靴を持ってきたのだ。
見限らずに。
あきれながらも、たぶん少し信じて。
それが、どれほどありがたいことか。
歳をとるほど、身に沁みる。
雨はいつのまにか止んでいた。
私は店の前へ出た。
商店街の石畳は濡れて、街灯をぼんやり映していた。
シャッターの閉まった店々が、まるで眠る老人たちの背中みたいに静かに並んでいる。
この通りも、きっといろんなものを継いできたのだろう。
技術や店や名字だけではない。
言いそびれたこと。
謝れなかったこと。
それでも手渡したかった気持ち。
そういうものまで含めて、商店街は古くなっていくのかもしれない。
私は店へ戻った。
先生の靴を作業台の上にのせる。
修理はもう終わっているのに、あらためて細部を見た。
つま先の擦り傷。
右足の縫い目。
踵の減り方。
それらは、ただの傷みではなかった。
先生が歩いてきた時間の、無言の履歴だった。
私は柔らかい布で靴を磨いた。
父の残したブラシで、ゆっくりと艶を出した。
その手の動きは、いつのまにか父に似ていて、けれど指先の迷いはまだ私のものだった。
継ぐ、というのは、完成された何かをそのまま受け取ることではないのだろう。
わからなかった言葉を、何年もかけて受け取り直すこと。
先に逝った人たちの不器用さまで含めて、自分の仕事の中に住まわせること。
たぶん、そういうことなのだ。
翌朝、私は店の棚のいちばんよく見える場所に、その靴を置いた。
売り物ではない。
見本とも少し違う。
あれは、私が一度読み違えた一足であり、もう二度と大事なものを読み違えないための一足だった。
店を開けると、商店街にいつもの音が戻ってきた。
八百屋が水を打つ。
魚屋の親父が咳をする。
豆腐屋の暖簾が揺れる。
私はそれらを聞きながら、カウンターに立った。
しばらくして、一人の男子高校生が店に入ってきた。
通学用らしい黒い革靴を持っている。
踵が減り、つま先も少し擦れていた。
彼はまだ大人になりきらない顔で、ぶっきらぼうに言った。
「これ、直せますか」
「直せるよ」
私は靴を受け取り、状態を見た。
「急ぎますか」
少年は首を横に振った。
「急ぎません」
その言い方が少しだけ懐かしくて、私は思わず顔を上げた。
似ているわけではない。
声も顔も違う。
ただ、その不器用な言葉の置き方だけが、遠い記憶に触れた。
私は一度だけ、棚の上の靴を見た。
そして、今度はちゃんと相手の目を見て言った。
「そうか」
「でも、丁寧にやるよ」
少年は一瞬きょとんとして、それから小さくうなずいた。
その仕草が、なぜだかひどくまぶしかった。
私は受け取り票を書きながら、胸の奥で、もう会えない人の言葉が静かに歩き出すのを感じていた。
人は死んでしまう。
それはどうしようもない。
詫びそびれたことも、言い足りなかったことも、そのまま置いていくしかない場合がある。
けれど、それでも教えは残る。
大げさな遺言ではなく、擦り減った靴の形をして。
黙って支える仕事の手触りをして。
それを受け取る手があるかぎり、たぶん人は、完全には途切れない。
私は修理票を渡した。
少年はそれを財布にしまい、少し会釈して店を出た。
朝の光が、開いた扉から細く差し込む。
その光の中で、棚の上の黒い革靴が、ほんのわずかに艶を返した。
私はその靴に向かって、心の中でだけ頭を下げた。
先生、今度はたぶん、大丈夫です。
まだ立派にはなれません。
相変わらず、浅くて、鈍くて、ろくでもないところもあります。
けれど少なくとも、誰かの一日を支える仕事を、軽んじないで生きていきます。
言い方の足りない人の沈黙も、もう少し信じてみます。
そうして私は、次の靴を手に取った。
革の匂いがした。
父の店の匂いだった。
先生の教えの匂いでもあった。
私はその匂いの中で、小さく息を吸い、静かに手を動かしはじめた。


コメント