夜勤明けの介護士が見つけた、母の弁当メモの話

弁当箱がテーブルの上に置いてある 泣ける話

夜勤明けの朝というものは、どうしてあんなに人を薄くするのでしょうね。

骨だけで歩いているみたいな気がします。

腹は減っているのに、食べる気力がない。

眠いのに、眠るまでが遠い。

私は介護士で、もう十年ちかく同じ施設に勤めていますが、いまだに夜勤明けの自分には慣れません。

あれは人間というより、使い終わった雑巾に近い。

団地の階段をのぼると、三階の踊り場でいつも味噌の匂いがしました。

母の家です。

私は合鍵を持っているくせに、なぜか毎回、いちどだけノックをします。

癖です。

母はたいてい起きていて、「開いてるよ」と言う。

言わない日は、台所にいます。

鍋の蓋の鳴る音で分かる。

「あんた、また顔色わるいねえ」

「夜勤明けだって」

「知ってるよ。知ってるから言ってんの」

そう言って、母は弁当箱を渡すのです。

白い、もう柄も消えかけた二段の弁当箱。

上には卵焼き、下にはおにぎり、みたいな、そういう簡単なものです。

私はそれを受け取りながら、だいたい同じことを言っていました。

「今はいい。寝る」

「少し食べてから寝な」

「だから、今いいって」

言い方が悪いのは分かっていました。

分かっていて、直せないのです。

疲れているから、という言い訳は、便利すぎてよくありませんね。

私は仕事で、利用者さんのきつい言葉にいちいち傷つかない訓練をしているくせに、家ではいちばん近い人間に、その訓練の逆をしていたわけです。

母は、べつに怒りませんでした。

「じゃ、置いとくよ。起きたら食べな」

それだけ言って、輪ゴムをかけ直して、食卓に置く。

私はそれを横目に見て、六畳の和室で寝ました。

昼過ぎに起きると、弁当箱はまだ少し温かいことがある。

母が、私の寝息を聞いて、こっそり温め直していたのだろうと思います。

思うだけで、言いませんでした。

礼を言うのが、なんだか負けみたいで。

いい年をして、馬鹿なことです。

そんな朝が、何度もありました。

そのうち、母は倒れました。

団地の下で会った自治会の人が、救急車の話をして、私は知りました。

私はその日も夜勤明けで、靴を脱いだまま、病院に走りました。

病室で母は、酸素の管をつけて、妙に小さく見えました。

怒る元気もないのか、「来たの」と笑いました。

私はそこで何を言ったか、あまり覚えていません。

「なんで連絡しないんだ」とか、「無理するな」とか、そんな、順番のまちがったことばかり言った気がします。

母は入院が長引き、私は洗濯物を取りに団地へ通うようになりました。

台所は、母がいないのに母の匂いがして、へんな場所でした。

味噌と洗剤と、少し焦げた醤油の匂い。

私は食器を流しに寄せ、冷蔵庫の中の古い豆腐を捨て、やかんの水を替えました。

そういうことをしていると、食卓の端に、輪ゴムでとめた紙の束があるのに気づきました。

最初は、レシートかと思ったんです。

母は何でも取っておく人でしたから。

輪ゴムを外すと、メモでした。

広告の裏、スーパーのチラシの余白、町内会の回覧の端。

小さな字で、日付と、短いことばが書いてある。

「火曜 夜勤明け のど痛そう うす味」
「金曜 雨 靴ぬれてた みそ汁あっためる」
「日曜 機嫌わるい おにぎり小さく」
「水曜 咳 卵焼きやわらかく」
「夜勤つづき 梅干し入れる」

私は、しばらく意味が分かりませんでした。

いや、分かっていたのに、分からないふりをしていたのかもしれません。

母は、私の様子を見て、弁当箱の中身を変えていたのでした。

毎回。

私が「いらない」と言った日も、「今いい」と押し返した日も、母はそれをやめなかった。

やめなかったどころか、記録していた。

あの人は、私の仕事のシフト表なんか知らないくせに、私の顔色で、だいたいの勤務を当てていたのです。

「機嫌わるい」

と書かれた紙を見て、私は笑いました。

笑ったら、急に喉が痛くなって、座り込みました。

台所の床は冷えていて、膝がじんとしました。

泣くほどのことでもない、と思いました。

母親が子どものために飯を作るなんて、どこにでもある。

私は介護の現場で、もっと重い話をいくらでも見てきた。

親を看取れなかった人、名前を忘れられた人、謝る暇もなかった人。

それなのに、私は広告の裏紙で泣いていました。

人は案外、紙一枚でだめになるものらしいです。

束のいちばん下に、少し大きなメモがありました。

これはきちんとした便箋で、母にしては珍しい。

折り目がついていて、たぶん何かのついでに書いたのでしょう。

字は前より乱れていました。

「あんたは、やさしいから、つかれるんだよ
 うちでは ぶっきらぼうでいい
 食べて、寝な」

そこで、私は声を出してしまいました。

誰もいない台所で、へんな声でした。

叱られたみたいな、許されたみたいな、どっちともつかない声です。

病院へ戻ると、母は寝ていました。

午後の病室は、静かすぎて苦手です。

カーテンの向こうで誰かが咳をして、廊下を看護師さんの靴が通る。

私は椅子に座って、例のメモをポケットの中で折ったり開いたりしていました。

やがて母が目を開けて、「あんた、まだいたの」と言いました。

「いたら悪いか」

「悪くないよ。めずらしいから」

私は、またいつもの調子で返しそうになって、やめました。

疲れていないから、やめられたのかもしれません。

「……弁当、うまかった」

母は少し黙って、それから鼻で笑いました。

「どの弁当よ」

「全部」

母は、ふうん、と言って、天井を見ました。

泣くでもなく、いい話にするでもなく、あの人らしい顔でした。

しばらくしてから、手だけこちらへ出したので、私はその手を取りました。

骨ばって、軽かった。

昔、あの手で頭をはたかれたことを思い出して、少し安心しました。

退院してから、母は前みたいには動けません。

台所に立つ時間も短くなりました。

だから今は、私が弁当箱を使っています。

白い二段の、柄の消えたやつ。

夜勤の日は自分で詰めて、昼勤の若い子にも、ひとつ余分におにぎりを持っていくことがあります。

食べない子には、無理にすすめません。

ただ、机の端に置いておく。

起きたら食べな、みたいな気持ちで。

このごろ、私は小さなメモをつけるようになりました。

利用者さんのではありません。

母のです。

「朝、よく眠れてた」
「今日はよく食べた」
「テレビ見て笑った」
「薬、ちゃんと飲んだ」

べつに、誰に見せるものでもない。

ただ、書いておくと、見落とさずに済む気がするのです。

忙しいと、人は大事なものから順に雑に扱ってしまうから。

今朝も夜勤明けで、私は団地の階段をのぼりました。

三階の踊り場で味噌の匂いがして、ああ、生きてる、と思いました。

ドアを開けると、母がこっちを見て言いました。

「あんた、顔色わるいねえ」

私は靴を脱ぎながら、弁当箱を少し高く持ち上げて見せました。

「知ってるよ。知ってるから来た」

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