泣ける話

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雪の中の練習曲

祖母が死んだ朝、私は雪かきをしていた。 この土地では、誰かが死んでも雪はきちんと降る。 いや、きちんと、という言い方は少し違うかもしれない。 雪はこちらの事情など知らぬ顔で、いつも通りに空から落ちてくるだけである。
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未送信|伝えられなかった思いを描く泣ける短編

母が倒れたと連絡を受けたのは、三者面談の最終日だった。 午後六時を少し回っていた。 職員室の窓の外はもう暗く、校庭の端にある桜の枝だけが、街灯にうすく照らされて白く浮いていた。 私は中学校で国語を教えている。
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潮騒の圏外

離島の夜は、思っているより静かではない。  波の音があるし、風があるし、港に繋がれた船が、眠りの浅い獣みたいに時々きしむ。  それに加えて、民宿というものは、消灯したあとも意外と気配をやめない。  廊下のきしみ、洗面所の蛇口、二階で寝返りを打つ客の布団の音、どこかの部屋で閉め損ねた窓が、風に押されてかすかに鳴る気配。
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しおりの挟まった日々

商店街の朝は、店ごとに違う匂いで目を覚ます。  魚屋は潮の匂いを引きずってくるし、豆腐屋は湯気の中に白い静けさを浮かべている。  八百屋の店先には濡れた段ボールが並び、花屋の前では、まだ半分眠ったみたいな色のカーネーションが水を吸っている。  うちの店――いや、うちのではなく、勤め先の小さな書店は、紙とインクと、少し古びた木の棚の匂いがする。
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波打ちぎわの着信音

海辺の町で配達員をしていると、時間というものが、潮みたいに満ちたり引いたりするのがわかる。  朝はパン屋と魚屋と学校が町を急がせ、昼は少し緩み、夕方になると今度は、仕事帰りの惣菜や、病院帰りの薬や、酒屋の缶ビールが、それぞれの暮らしの重さで人を急かす。  私はその急かされ方に、もうだいぶ慣れてしまった。
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まだ乾かないインク

古いアパートというものは、住んでいる人間の事情まで、壁紙の裏に薄く吸いこんでいる気がする。  私の部屋は二階のいちばん奥で、廊下を歩く足音が、雨の日になるとやけに湿って聞こえた。  隣の部屋の戸の開け閉めも、下の階で鍋を置く音も、夜更けにはまるで紙の裏から響くみたいに、ぼそぼそと伝わってくる。
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すり減ったつま先

商店街の朝は、いつだって少し寝ぼけている。  八百屋の前では、まだ若い店員が無造作に水を撒いていて、その水がアーケードの薄い光をはね返していた。  魚屋の親父は開店前から咳をしていて、向かいの豆腐屋は、湯気の向こうで白い四角を静かに並べている。  どの店にも、それぞれの朝の癖があった。
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紺色のマグカップと、明日の一口

病院の朝は、いつも少しだけ冷たいのです。夜のあいだに拭かれた床は白く光っていて、蛍光灯の下を歩く靴音まで、どこか遠慮がちに響く。そのくせ、ナースステーションの奥ではもう一日分の忙しさが静かに沸きはじめていて、白衣の擦れる音や、カルテをめくる...
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母の眼鏡と、手帳の余白

商店街というものは、夕方になると、急に人の本音に似てきます。昼のあいだは威勢のよかった八百屋の声も、魚屋の包丁の音も、夕暮れが近づくと少しだけやわらぐ。揚げものの油の匂いが通りへこぼれ、花屋の前には水を替えたばかりの冷たい桶が並び、どこかの...
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終電後、祖父の切符を拾った夜

終電が出たあとの駅というのは、昼の駅とはまるで別の顔をしています。人に使われるための場所だったはずなのに、人がいなくなると、急に何かを待つ場所に変わるのです。長いホームの先で風が鳴り、蛍光灯が白々とレールを照らし、ベンチだけが誰かの帰りをまだ信じているように見える。私はその静かな駅を巡回する警備員です。