名札の裏の字

病室での穏やかな瞬間 泣ける話

病院という場所は、朝が来るのが少し早い。

 

 まだ外の空が薄青いころから、自動ドアは開いて、受付の灯りがつき、廊下の奥では誰かの足音がもう仕事の速さで響いている。

 

 消毒液の匂い、ワックスの乾いた光、ナースステーションの低い話し声、配膳車の遠い車輪の音。

 

 人の命を扱う場所だから、というのもあるのだろうが、私には、病院全体がいつも少しだけ緊張しているように見えた。

 

 その緊張の中に、私も毎朝、モップとゴミ袋を持って入っていく。

 

 私はその病院で清掃員をしている。

 

 五年目になる。

 

 床を磨き、トイレを洗い、ゴミを回収し、手すりを拭き、夜のあいだに残された痕跡を、朝のうちに薄くしていく。

 

 名前にすると、どれも地味だ。

 

 だが、地味な仕事というのは、見えにくいだけで、なくなるとすぐ困る。

 

 誰かが吐いたものを片づける人がいて、誰かが床の水滴を拭く人がいて、誰かが次の人のために洗面台を乾いた状態へ戻している。

 

 そういう当たり前の積み重ねの上に、病院の朝はどうにか成り立っている。

 

 そういう意味では、私はこの仕事が嫌いではなかった。

 

 いや、好きだと言うと少し気負って聞こえるから、ちょうどいい、くらいが正確かもしれない。

 

 大げさな才能はいらず、ちゃんと手を動かせば、今日のぶんだけきれいになる。

 

 私のような半端な人間には、その確かさがありがたかった。

 

 父も、同じ病院に入退院を繰り返していた。

 

 腎臓を悪くして、透析が必要になってから、家にいる日より病院にいる日のほうが長い時期もあった。

 

 父は昔、建設現場で働いていた。

 

 体が大きくて、声も大きくて、若いころは少し怖い人だったらしい。

 

 らしい、というのは、私にとっての父は、そこまで強い人ではなかったからである。

 

 私が物心ついたころには、もう酒で少し失敗をして、仕事も転々として、家では妙に気まずそうにしている父だった。

 

 母は私が中学生になる前に家を出た。

 

 それで私は、父と二人で長く暮らした。

 

 気まずい二人暮らしだった。

 

 父はやさしいことを言うのが下手で、私もまた、受け取るのが下手だった。

 

 親子というものは、ときどき、お互いの不器用さを性格の悪さと勘違いしたまま、何年も過ごしてしまう。

 

 私たちも、だいたいそんな感じだった。

 

 父は、私が病院で働くことを、最初は嫌がった。

 

「もっとほかに仕事ないのか」

 

 と言った。

 

 その言い方が、いかにも父らしくて、私は腹が立った。

 

 清掃の仕事を馬鹿にしているように聞こえたのである。

 

 だから私は、必要以上に突っぱねた。

 

「別に、父さんに選んでもらう仕事じゃないし」

 

 そう言った気がする。

 

 父は黙った。

 

 父はいつもそうだった。

 

 言葉でうまく返せないと、黙る。

 

 そして、黙られるとこっちも腹が立つ。

 

 腹が立つというのは、ずいぶん便利な感情で、たいていの場合、その下にある情けなさや寂しさを隠してくれる。

 

 私は長いこと、その便利さに甘えていた。

 

 病院で働き始めてから、私は父の入院している階へ行くのを、少し避けるようになった。

 

 顔を合わせるのが気まずかったのもある。

 

 清掃員の制服を着た自分を、父にどう見られているのか知るのが嫌だったのもある。

 

 私は名札を胸につけて働く。

 

 白いプラスチックの安っぽい名札で、そこに私の名字と、清掃担当の文字が小さく印字されている。

 

 毎朝ロッカーでそれを留めるたび、別に恥じる必要なんてない、と頭では思う。

 

 だが頭で思うことと、胸の中でそう思えることは、だいぶ違う。

 

 父の病室へ行くときだけ、私はときどき、その名札をポケットへしまった。

 

 ばれないように、気づかれないように。

 

 いま考えれば、あれがいちばん失礼だったのかもしれない。

 

 父のためと言いながら、実際は、自分のほうが見られたくなかっただけなのだから。

 

 ある日、父が透析のあとでぐったりしているのを見て、私は思わず言った。

 

「こんなときにまで見られたくないだろうと思って、仕事中はあんまり来ないようにしてる」

 

 気遣いのつもりだった。

 

 ほんとうに、そう言えば少しは親子らしい優しさに見えると思ったのかもしれない。

 

 だが、父は妙な顔をした。

 

「そうか」

 

 とだけ言った。

 

 その言い方が、また父らしくて、私はいらいらした。

 

 わかりにくいのだ。

 

 こちらは少しは気を回したつもりなのに、それが伝わったのかどうか、まるで見えない。

 

 私はつい、余計なことを言った。

 

「父さん、こういうの嫌かなと思ってさ。清掃の制服とか、見たくないかもしれないし」

 

 父はそこで、はじめて私の胸元を見た。

 

 その日は名札をつけたままだった。

 

 父はしばらくそれを見て、それから目をそらした。

 

「別に」

 

 と父は言った。

 

 それだけだった。

 

 私は、その「別に」を、軽く流されたように受け取った。

 

 ああ、やっぱりそうなんだな、と勝手に決めつけた。

 

 父は気まずいのだ。

 

 娘が病院の清掃をしているのを見るのが、どこか恥ずかしいのだ。

 

 そう思うと、こちらまで惨めになった。

 

 だから私は、それからますます父の病室へ寄らなくなった。

 

 必要があれば行く。

 

 だが、自分からは行かない。

 

 それがせめてもの自衛みたいに思えた。

 

 父の具合が急に悪くなったのは、その冬の終わりだった。

 

 夜勤の人から連絡が入り、私は休日の朝に病院へ呼ばれた。

 

 敗血症を起こしていて、状態は思ったより悪かった。

 

 父は意識がはっきりしない時間が増え、話しかけても目を開けたり閉じたりするだけになった。

 

 病室には透析の機械音ではない、もっと静かな、けれど逃げ場のない気配があった。

 

 私は病室の椅子に座って、その大きな手が、もうずいぶん小さく見えることに驚いた。

 

 年をとるというのは、体が縮むことではない。

 

 こちらが見ていた相手の輪郭が、少しずつほどけていくことなのだろう。

 

 ある午後、病室の棚を片づけていると、父の入院用のバッグの底から、小さく折りたたまれたメモが出てきた。

 

 レシートの裏ではなく、病院の売店の紙袋を切ったような、薄い紙だった。

 

 字は父のものだった。

 

 角ばっていて、少し乱暴な字。

 

 私は一度、見ていいのか迷った。

 

 だが、その紙には、表に私の名前だけが書かれていた。

 

 だから、たぶん見てよかったのだろう。

 

 私は静かに開いた。

 

 中には、短く、いくつかの文が並んでいた。

 

 仕事中の名札、ちゃんとしていてよかった。

 

 私はその一行で、もう息が詰まった。

 

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 あれを見せたくないと思われていたなら、少しさみしい。

 

 指が震えた。

 

 さらに下には、

 

 わしは、あの名札が好きだった。

 

 誰かの後始末をちゃんとする仕事は、えらい仕事だ。

 

 娘がそれをしているのは、恥ではなく、たぶん自慢というやつだ。

 

 私はそこで、立っていられなくなった。

 

 病室の丸椅子に腰を落とし、紙を握ったまま泣いた。

 

 勘違いだったのである。

 

 父は清掃の仕事を恥じていたのではなかった。

 

 むしろ、その逆だった。

 

 私が気を遣って名札を隠していたつもりのことが、父には「見せたくない」と受け取られていたのだ。

 

 気遣いのつもりが、いちばん遠いところへ届いていた。

 

 人間は、やさしくしようとして、ずいぶん簡単に相手をひとりにしてしまう。

 

 父のメモは、まだ続いていた。

 

 言い方が下手で悪い。

 

 もっと早く言えばよかった。

 

 仕事してる顔がいちばんちゃんとしてた。

 

 最後の行だけ、少し字が震えていた。

 

 名札、見せてくれ。

 

 私はもう、嗚咽みたいな声を漏らしていた。

 

 立派な手紙ではない。

 

 文法も変だし、言葉も足りない。

 

 けれど、父らしかった。

 

 父は最後まで、ちゃんとした褒め方を知らなかったのだろう。

 

 それでも、残すべきことだけは残した。

 

 私は急いで病室を出て、ロッカーへ戻った。

 

 制服の胸に、名札をつけ直した。

 

 鏡の前で、指先がうまく留め金にかからなかった。

 

 こんなもの、ただの安い札なのに、そのときの私には、妙に重たく感じられた。

 

 ロッカー室の蛍光灯は白すぎて、鏡の中の自分は泣いた顔のまま、ひどく頼りなく見えた。

 

 それでも私は、胸元の名札をまっすぐに整えた。

 

 病室へ戻ると、父は目を開けていた。

 

 私はベッドのそばへ行って、少しかがんだ。

 

「父さん」

 

 父の目が、私の胸元へ動いた。

 

 名札を見ているのだと、わかった。

 

 私は泣きながら笑った。

 

「ちゃんと、つけてる」

 

 父の口元が、ほんの少しだけ動いた。

 

 笑ったのかもしれないし、ただ息をしただけかもしれない。

 

 けれど私には、それで十分だった。

 

「ごめん」

 

 と私は言った。

 

「隠してたの、父さんのためじゃなかった。私が勝手に恥ずかしがってただけだった」

 

 父は何も言わなかった。

 

 でも、目は閉じなかった。

 

 私はその手を握って、もう一度言った。

 

「見てて。ちゃんと働くから」

 

 その言葉は、約束というには小さすぎた。

 

 けれど、私たち親子には、たぶんそれで十分だった。

 

 その日の夜、父は眠るように息を引き取った。

 

 ひどく苦しんだ様子はなかった。

 

 私は泣いたが、不思議と、あのメモを見つける前のような暗さではなかった。

 

 もちろん悲しい。

 

 悲しいが、その悲しみの底に、ひとつだけ、温かいものが残っていた。

 

 救いというのは、たぶん、全部が間に合うことではない。

 

 ほんの少しでも、本当の気持ちが届いたと知ることなのだろう。

 

 それから私は、仕事のとき、名札を隠さなくなった。

 

 階の廊下を磨くときも、ゴミ袋を下げるときも、父のいた病室の前を通るときも、そのまま胸につけている。

 

 名札は相変わらず安っぽい。

 

 白いプラスチックで、角も少し欠けてきた。

 

 けれど今は、その軽さがありがたい。

 

 重すぎる勲章ではなく、ただ「ここにいる」と示すための、小さな札だからだ。

 

 ある朝、いつものように廊下を磨いていると、若い看護師さんが立ち止まって、

 

「いつもありがとうございます」

 

 と言ってくれた。

 

 私は少し驚いて、

 

「いえ」

 

 とだけ返した。

 

 それだけのことなのに、胸元が少し熱くなった。

 

 誰かの後始末をちゃんとする仕事は、えらい仕事だ。

 

 父のその言葉は、いまもときどき、消毒液の匂いの中でふいに胸へ戻ってくる。

 

 私はそのたび、少しだけ背筋を伸ばす。

 

 誰に見せるでもなく。

 

 ただ、もう会えない父に、名札の字がちゃんと見えるような気がして。

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