家族の話

【泣ける短編】祖父の遺品に残された通帳|役所職員が受け継いだ本当の財産

祖父が亡くなった朝、私は市役所の福祉窓口で、一人の老人に申請書を返していた。「ここに印鑑が必要です。それから、通帳の写しも添えてください」老人は耳が遠いらしく、私の説明を聞くたびに、何度も顔を近づけた。後ろには順番を待つ人が並んでいた。私は時計を見た。
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【号泣・短編小説】保育士の私が父の「歪な手縫いの名札」で愛に気づいた理由

私は、子どもを愛してなどいない。そんな恐ろしい告白をすれば、世間は私を冷酷な人間だと罵るだろう。あるいは、職業倫理に欠ける恥知らずだと石を投げるかもしれない。けれど、ひよこのアップリケが縫い付けられたパステルカラーのエプロンをまとい、園児たちの前で大仰な裏声を張り上げている私の内臓は、とうの昔にひからびている。私はただ、毎月の給料と、「優しくて立派な保育士さん」という薄っぺらな社会的体裁のために、心を持たないからくり人形のように微笑み続けているに過ぎない。
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【号泣・短編小説】認知症の祖母が「ボロボロのマグカップ」を守り続けた理由

私は、自分の底の浅さを知っている。白衣をまとい、仏のような微笑みを浮かべて老人の背中をさすっていても、腹の底では常に時計の針ばかりを気にしている。他人の下の世話を献身的にこなす心優しい青年。そんな自己陶酔のメッキは、過酷な労働環境の中であっけなく剥がれ落ちていた。私はただ、生活のため、そして社会的な体裁のために、心を持たない自動人形のように立ち回っているに過ぎない。介護士という職業は、私のような底意地の悪い偽善者が、最も就いてはならない仕事だったのかもしれない。勤務先の特別養護老人ホームには、私の実の祖母が入所している。
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【泣ける短編】父の弁当箱に残されたメモ|工場で働く親子のすれ違いと和解

父が倒れた日の昼、私は工場の休憩室で、空の弁当箱を開いていた。黒いプラスチック製の、百円ショップで買った箱だった。食べ終えたのではない。朝、寝坊をして、何も詰められなかったのだ。それでも同僚に金がないと思われるのが嫌で、私は空の箱を箸でつつき、もう食べ終えたような顔をしていた。人間は腹が減ると正直になる、というのは嘘である。
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【泣ける短編】亡き父のラジオ投稿|漁師の息子を見守り続けた秘密

父が死んだ翌朝、海は、こちらを馬鹿にするように凪いでいた。私は港へ向かう軽トラックの中で、古いラジオをつけた。夜明け前の地域番組では、漁師のために風向きと波の高さが読み上げられる。父は船を降りてからも、毎朝この放送を聴いていた。海へ出ない男が波の数字だけを数えている。私はそれを、臆病者の未練だと思っていた。番組の終わりに、女性司会者が言った。
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【泣ける短編】祖父が写真の裏に残した言葉|商店街の写真館で受け継がれた記憶

祖父が亡くなった日の午後、私は商店街の写真館で、知らない家族の笑顔を修整していた。父親の額の皺を薄くし、泣いていた赤ん坊の口元を、少し笑っているように整える。写真は記憶より正直だと、人は言う。けれど、都合の悪い影を消し、幸福そうな一秒だけを残す点では、どちらもよく似ている。電話を受けた店主が、私の肩へ手を置いた。
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【泣ける短編】亡き母のお守りに込められた祈り|海へ出る漁師を見守った愛

母が倒れた朝、私は沖で網を引いていた。海は薄い鉛色で、波だけが生き物のように船腹を叩いていた。胸元には、前夜に母から渡された青いお守りが入っていた。私は出港前、それを岸壁のごみ箱へ捨てた。ところが船に乗る直前、わざわざ戻って拾った。要らないものほど、捨てたあとで気になる。愛情も、たぶん同じなのだ
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【号泣短編】未読のまま逝った恩師からの手紙が、深夜のラジオで読まれた夜

ADなどと横文字にすれば多少は聞こえがいいですが、要するにただの使い走りであり、見栄えのしない雑用係です。午前二時四十五分。地方キー局の第3スタジオの副調整室(サブ)には、徹夜明けのスタッフたちのひどい体臭と、何時間も前に淹れられてすっかり酸化したブラックコーヒーの、泥のような匂いが充満しています。
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【感動・泣ける短編小説】『インクの匂う指で』自己嫌悪の青年を救った母の手紙と家族の絆

インクの匂いというのは、一度爪の間に染み込むと、どんなに石鹸で洗っても落ちない。 僕は印刷工場の輪転機が吐き出す大量の紙屑と、重油と、独特の青臭いインクの匂いに塗れながら、毎月微々たる給料をもらって生きている。 世間から […]

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三号室の鍵と、先生との最後の約束

恩師が亡くなったと知った朝、私は三号室の鍵を海へ投げようとしていた。民宿の裏手には、断崖へ続く細い道がある。冬の海は鉛色で、波が岩へぶつかるたび、戸を叩くような音を立てた。真鍮の鍵は、手の中で冷たかった。昨夜、先生が泊まった部屋の鍵だった。そしてもう、先生が取りに戻ることのない鍵だった。